エピ-ミュトス
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を続けた。赤子は特に何も言わず、真摯な瞳をどこかへ向けていた。
どれほど歩いたか。気が付けば、モニカは町から少し離れた小高い丘に登っていた。
振り返って、町を見下ろす。本当に、街というより町だ。立ち並ぶ建築物は軒並み低くて、つい一昨日まで見た高層ビルがずらずらと立ち並ぶ光景に居たものだからなおさら視線が低い。小高い丘から町を一望するという光景が、なんだか懐かしい。そんな光景など、今はじめて見たというのに。
汗が腕に落ちる。じりじりと照り付ける光に加えて、子どもを抱きかかえているのが何より辛い。子どもと自分が接する境界線が蒸れて酷く痒いのだ。
前を歩くプルートの足取りはどこか重たく、それでいて軽やかだった。草を踏みしめ大地をしっかりと掴むスニーカーは粘り強い。ポケットに両手の親指を除いた指を入れて、しゃんしゃんと上下に揺れる。時折、鼻を通り過ぎていく微かにだけ湿った風の中に、甘い匂いが混じる。鼻孔の奥に残滓を溜めながら、肺の底に沈殿していく色欲の分泌物のような薫り。そうでありながら、採れたてのさくらんぼみたいにさっぱりした薫り。背筋を伸ばして前を行く女の、少女のような体臭。少しだけ、髪が伸びていた。前は首筋にかかるくらいだったのに、今は、肩にかかるくらいだ。
羽虫でもいたのか。プルートが顔を振る。長く伸びたもみあげが大きくうねり、運動に振り回された金色のピアス、ペンデュラムの軌跡を描いた軌道が放つ黄金の煌めきで、視神経に鮮やかに発火する。
ふとプルートが足を止める。まるで一枚の風景でも眺めるようにプルートの背を見ていたモニカは、立ち止まったことにぶつかる寸前で気づいた。
丘の中腹ほどで、人が降りてくるところだった。Tシャツにジーンズ姿の20代中ほどの男で、深くかぶった帽子からはみ出た黒い毛が覗いている。ポケットに手を入れて歩く姿はなんとなく垢抜けなくて、モニカはなんだか自分を見ているようだった。その男が顔を上げて、プルートの顔をまじまじと眺めていた。
懐かしい人を見つけたように目を丸くして、そうして肩を落とした男は視線を逸らした。結局男は何も語らず、帽子を深くかぶり直し、一礼するとモニカたちの脇を通り過ぎていった。
男の背に視線を送る。赤ん坊が何か畏れるような顔をしながらむずがって、モニカは男の背から視線を逸らした。
「もう、居るんだな」
堕ちる光を遮るように、右手でひさしを作ったプルートが立ち止まる。背中に滲んだ汗が黒いタンクトップを黒く染める。丸い光を孕んだ雫がうなじを伝い、タンクトップの襟に吸い込まれ、黒い模様を深くしていく。
風が草草と密やかに睦言を交わし、モニカの足元を通り過ぎていく。遠くで啼いた鳥の声は誰か、何かに品の良いお辞儀をしているようだった。
額から落ちた水滴が頬を伝い、首元をひやりとさせ
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