エピ-ミュトス
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線を上げなかった。彼女の声は少しだけの微笑みを湛えている。精一杯、そのようにしている。
モニカもプルートと目を合わせようとはせず、窓の向こうに視線を投げた。
自分の表情はよくわからない。筋肉は動いておらず、恐らく無表情であろう―――いや、モニカも同じように、千切れそうなほどの小さな笑みの情動を、表情筋の筋繊維に凝らせていた。
降り注ぐ光を孕み、湖の水面が囁く。ちろちろと、ひそひそ話をするみたいに―――。
「でも、それでもやっぱり、決めましたから」
口からするりと、恐ろしいほどの滑らかさでもって声が流れる―――モニカは、視線を少しだけ上げたプルートを見返した。
―――独りの男の結末と、独りの少女の結末。その終末を引き起こしたのは、どうあっても自分なのだ。それが命令であり、それが善を確信した行為であり、結果的に、総体的にはその行為は善であった―――としても。
譬えそれが結果的に善かったとしても、周りの人間がそれを善いとかたったとしても。
その善のために零れてしまったものを顧みなければ、ならないはずなのだ。世界がそれを忘れても、歴史から消されてしまっても、言葉が語ることすらできないとしても。
人間にそれを把持する方法などありはしない。言うなればそれは、不可能の試みなのだ。言葉の空無の奥に住まう存在の発語を人間の言語として世界に出力することは、ある地点で限界に触れざるを得ない。だから、人はその不可能の試みの前で挫折し、気晴らしのお喋りを延々と空転させ続けるのである。
だが。
だが。
それでも。
それでも―――それでも、と言い続けることを止めてしまうならば、人間が受け取り紡いだ存在の想いを、理性だけで捨ててしまうというのなら、そんなヒト種などという隔絶存在などはさっさと絶滅してしまえばいい。自我なるものが、理性からの叫びを感情という名のホームドラマに仕立て上げることしかできないのであるならば、そんな人類などに生命を貫徹する価値は霞ほども無い。
プルートは、そっか、と言って、それ以上何も言わなかった。
結局プルートも同じものを頼んで、レストランで食事を終えたモニカと赤ん坊とプルートは、同じサイド1の3バンチコロニー、エデンへと赴いた。
エデンについて、ポートから出たモニカは眼前に広がる光景をぼんやりと眺めた。エデンに限らないが、サイド1は最初期のコロニー群なだけあって奇妙に牧歌的だ。間延びするほどに緑が広がり、ここが本当にコロニーと言う強大な工業構造体の中なのかを疑ってしまう。空を見上げれば、淡く匂い立つ雲を隔てた向こうにも、まだ緑の大地が広がっている。
エレカの一つも見当たらず、結局目的地まで足で行くことに辟易して、聞いていたよりも異様に暑い天候にも辟易したモニカは、空に浮かぶ大地を呆然と眺めながら歩み
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