92話
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何か思い出しそうだ。ずっと記憶の奥底に沈殿した物が湧き出しかけているのに、その度につっかえ棒みたいなのが頭の奥底へとぐいぐい押し込んでいく。
「エレア!」
誰かの声が爆発して、鼓膜が破裂しそうになる。
そんなに大きな声を出さないでほしい。もうちょっとで、思い出しそう、なんだから―――。
むっとしながら声の方に顔を向ければ、黒髪に金のメッシュが入った長髪の女性の顔があった。
誰だろう。知っているけれど、わからない奇妙な継ぎ接ぎ感。
「エレア」
女性の顔が歪む。涙が目端から溢れて頬を伝い、滴った液体がベッドのシーツを濡らした。
「フェニクス―――?」
声が出た。
そうだ、フェニクス―――この女性の名前は、フェニクス・カルナップ。
「良かった……お前が無事で本当に……」
身体の奥底から声を滲ませ、眉間に皺を寄せながらそれでもほっとしたように肩を落としたフェニクスが、右手でエレアの左手に触れる。柔らかくて、でも固い彼女の手の皮膚の感覚にはどこか安堵を覚え、眉に入れた力を抜いた。
いつもエレアという少女にふれていた手。■■■と、違う、感触、だけれど―――。
また何かで突き刺されるような痛みが奔る。思わず顔を歪めて、倦怠に浸されていた身体が弓なりになった。
「どうした!? まだどこか―――」
左手を包むように両手で握りしめたフェニクスが身を乗り出す。酷く慌てたような顔立ちがなんだか珍しくて、酷く身体が痛いのにエレアは微笑を洩らした。
「なんでも、ないよ。ちょっと頭が痛くて」
刺された脳みそが血を流しているようだ。澱のような血が頭蓋の底に溜まっていく。
フェニクスの不安そうな顔はちっとも変わらない。しょうがないから自分が宥めようと思って、手を包むフェニクスの右手に重ねようと彼女の手から自分の手を引き抜いて―――。
あ。
何かが、自分の手の中で光っていた。
あ。
病室の電灯を照り返し、ピンクゴールドに煌めく何か。
あ。
眼球の中で閃光が溢れる。その横溢する光の果て、輪郭を喪失した誰かの後姿が微かに滲んだ。
その背が振り返る。気恥ずかしそうな男の顔、生真面目そうな男の顔。子どもみたいに涙を流していた男の顔、無邪気に甘えてくる男の、顔。その全ての感情の教会が喪失した誰かの顔、輪郭が揺らいでいてもそれでも確かに彼女だけが捉えられる存在、存在。
あ。
血がどんどん溢れてくる。抑えきれなくなって氾濫した流血が頭蓋を突き破り、身体中を水浸しにしていく。
あ――――。
全身が軋む。歯が鳴る。髪を掻き毟る手は痙攣し、内蔵がぐにゃぐにゃと蠢動する。
エレア・フランドールは己の肺を轢き潰して絶叫した。まるで巨大な芋虫が身悶えるようにベッドの上で身体を軋ませ、瞳孔の開いた真紅の瞳
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