92話
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ていたのを何本か。
老人が座るソファに対面する形で『エウテュプロン』も腰を下ろすと、老人がボトルの一本に手を伸ばし、グラスに注いでいく。
死んでいった者たちへの弔い。
いや、そんなものではあるまい。むろん、逝ってしまった者たちを思うためのものではあるが、これはもっと恐ろしい行為を行っているのだ。
きっと高級ワインなのだろう。一本でそれこそ高級車が買えるほどの値段はするそれを、酷く無造作にワイングラスに並々注いでいく。
その姿に気品は無い。唯、土くれの大地に力みながら踏ん張る農夫のようですらあった。
「カロッゾの研究が捗ることを願って」
老人がグラスを掲げる。顔は微かに笑みを見せていたが、その暗い瞳は―――。
同じくグラスに並々注いだ『エウテュプロン』も、グラスを掲げた。
「―――新貴族主義の栄光を願って」
老人―――マイッツァー・ロナが巌のような貌に皺を刻む。『エウテュプロン』は小さく頷き、マイッツァーが掲げたグラスに自分のグラスを微かに触れさせた。
弱弱しいうめき声のようなグラスの慄きが耳朶を打つ。ふれあうというよりぶつかり合ったような音だった。唇を噛み切っていたせいか、ワインを飲んでもざらついた舌に張り付くような味しかしなかった。
外を眺める。蒼穹が広がるコロニーの空は、間抜けなほどにのっぺりしていた。
ぽつりと呟く。
誰も聞くことのない名前、誰も思い出すことのない名前。
呟きは誰に受け取られることも無く、ただ何かに呑まれて消えていった。
※
「――――そうですか」
何の感慨も無く、マリーダ・クルスは呟いた。
周囲に広がる溟い常闇。まるで、自分が身一つで宇宙に投げ出された様な景色の中、マリーダはほんの微かにだけ、アームレイカーを握る手の力を強くした。
そんなマリーダの思惟に狼狽えたのか、まだ真新しい愛機が微かに挙動不審に陥る。慌ててAMBAC機動とバーニアで機体を制御し、何事も無いように愛機を宇宙の中で滑らせていく。
まだ塗料をすることすら出来ず、白と黒のままの色合い―――というか下地の色そのままの機体だが、それでもマリーダはこの機体が気に入っている。その愚鈍そうな外見にそぐわぬ運動性、火力、装甲。機体のバランスも申し分ない。単純に高い出力の主機と装甲の厚さがあれば強い機体が作れる、などという凡愚な思想はこの機体に一部ほどもなく、その洗練には悠久の歴史とその中で行為する人間たちの流動し弛むことない技術の裏打ちが朧に立ち現われている。《クシャトリア》のその猛々しくも雄々しく力強い外観は、さながら力士といった風采だ―――。
(―――先ほど聞いたばかりですから確証はありませんが、ネルソン中尉はKIAと……)
全天周囲モニターに映る投影ウィンドウの向こうでは、まだ若手のパイロット
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