89話
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ガスパールの声―――機体同士が触れ合うことによる接触回線と気づいて、攸人は自分の視界の先にある《デルタカイ》の頭部ユニットを目に入れた。
青く緑色の輝きを湛えた《デルタカイ》の双眸に、男の声が重なる。
名前―――組織の人間の、名前だった。攸人の知っている名前が紡がれる。攸人の知らない名前が紡がれる。名前は一度も被ることは無く、永遠と口から流れていく―――。
まるで呪いだ、と思った。相手を憑り殺す呪詛が滔々と紡がれている。
だが、その対象は他でもない、己に呪いを刻み込んでいる。ぼろぼろと零れていく何かを必死にかき集めようとして、そうして動くたびにぼろぼろともっと何かが毀れていく。そうすることしかできない己への呪いの言葉が、延々と繰り返されていく。
あるいはそれは殉教者の詩である。磔にされた願い人のペルソナが奏でる妖しい実存の詩である。
それがガスパール・コクトーという人間の存在様態。神裂攸人は、その男の略歴を略歴という物理的手段でしか捉えていない。その奥にある空虚、その表層に空いた深淵を、攸人は知らない。
だが、鼓膜に刻まれていく果敢無い声色が呼びかける。ガスパールという人間の生の様を、歴史の歩みを。狂気の論述を、理性の叫びを。
だんだんと大きくなる接近警報の音。ビームサーベルを今貫かんと気勢に満ちた《ゼータプラス》が背後から迫る。
どんな形であれ、それを裏切った。
だとしたら、その贖いは―――。
神裂攸人は操縦桿から手を離しかけて―――。
「―――え?」
不意に、鼓膜にチープな音が入り込んだ。聞きなれた音だ、と頭が判断し、だからこそそれが何の音なのか理解できなかった。
咄嗟にディスプレイに目を走らせれば、機体が変形シークエンスに移行している表示が酷く場違いにはっきりと表示されていた。
そうだ、確かにあの音は何度も《リゼル》をウェイブライダー形態に変形させる時に聞いた音だ。
だが何故、と自問している暇も無かった。《リゼル》の胸部装甲がコクピットごと持ち上がる。Ζ系の機体は変形の際にコクピットが前面へと展開するのだ。
胸部装甲が《リゼル》から見て真上を向く。次の瞬間、さらにコクピットの中に聞いたことのない警報音が爆発し、それに連動するように胸部装甲部位が吹き飛ぶや、球状の管制ユニットが《リゼル》の真上目掛けて射出された。
咄嗟に口を噤んだのは条件反射からだった。いきなり身体中に襲い掛かった負荷Gに押し潰されそうになること数秒。球体の管制ユニットが減速用のバーニアを焚き、身体にかかる圧が薄れていく。
呆然と眼前に広がる宇宙空間を眺めることどれほどか。我に返った攸人は、シートから立ち上がりながら、背後を振り返った。
既に視界の半分は死んでいたが、その光景はすぐに目に飛び込ん
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