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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
88話
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させない。君が許してくれるなら、ずっと―――」
 一緒に――――。
 ※
 視界が裂ける。
 眼前に広がるのは漆黒の宇宙。綺羅星が敷き詰められた星辰の世界。
 身体を流れる血液は絶対零度のように冷え、それでありながら溶岩のように身体中を煮えたぎらせる。
 全神経があべこべに切って嗣ぎ治されたようだ。視覚は聴覚嗅覚味覚触覚に接続され、聴覚は視覚嗅覚味覚触覚と融合し、嗅覚は視覚聴覚味覚触覚と癒着し、味覚は視覚聴覚嗅覚触覚と境界線を失い、触覚は視覚聴覚嗅覚味覚と闘争する。
 原初の感覚、喪失のエスの立ち現われ、Aの把持。未だに差異の運動が生じる以前あるいは途上、根源的な全一的根底の人間知覚の再現。そこでは全てが一つであり、一つが全て。
 彼女の音を見た。彼女の色を聞いた。彼女の味に触れた。彼女の匂いを味わった。
 今ならはっきりわかる。あの機体に彼女がいる。今も俺を探し続けて泣いている。
 彼は静かにその名前を口にした。操縦桿が砕けるほどに握りしめ、下唇を赤く濡れた歯で噛みしめる。
 今なら勝てるかも、しれない―――この反則技を叩き込めば、あの《Sガンダム》を凌駕し得る。驕りでも何でもない直観の裏で、厳めしい老人のような声が囁く。
 ―――だが注意せよ。
 タイムリミットは5分まで。それを超えれば、お前は―――。
 ―――無用な心配だ。加速度的に身体機能が崩壊しつつある今、時間をかければそれだけ勝機が失われていく。勝つなら一瞬で勝負をつけねばならない。
 全神経の撃鉄が撃ち鳴らされる。射出した弾丸が《感覚神経/運動神経》の内で叛濫し、本質という名の擬似的擬制的シニフィエの薄膜を食い破った分析的実存の相貌が逆流していく。頭蓋に達した金属片はその瞬間に砕け散り、脳細胞を粗びき肉団子みたいにぐしゃぐしゃにした。
 白い神話が狼狽えたように身動ぎする。
 左腕に握ったハルバードのリミッターを解き放つ。大出力で発振した光の刃は力場で固定され得る限界を超え、飛散したメガ粒子が黒い世界に溶けていく。
 スロットルを解放する。
 破砕する勢いでフットペダルを踏み込む。
 過敏に反応した赤紫の狼は、黒塗りの咆哮を上げて白い神獣へと躍りかかる―――。
 ―――その体躯。
 両手に持ちたるは巨大な戦斧。
 ―――真紅に燃え盛る獣の情熱的思索に満ちた、その体躯。
 瀑布そのままにぶつかり合う光の刃。
 優美なバイオレットパープルの、装甲の下。
 剣が、斧が擦過するのも構わずに、当為のために武装を叩き付ける2機のMS。生じた余波だけで艦船ほどもある岩塊がひき潰され、両断され、粉砕されていく。
 ―――横溢の虹光、恒沙を覆い尽くすが如くに。
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