88話
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も、否、事実世界が永劫に時間を保存し続けていても、その名をその度ごとに叫びながら、右足を前へ。左足を前へ。
風をさえぎるように顔の前に掲げていた手を伸ばす。手を広げ、風に指が切り落とされていくのも構わずに、遥かに先にいる少女へと手を伸ばす。
手は届きそうにない。
だからどうした。届かないなら届くところまで前へ進んでいけ。
歩みは強く。腰を落とし、姿勢を低く。つま先に力を入れろ。大地を蹴り出せ。足先に籠った力を膝に伝播させる。
後は強く、粘り強く大地を蹴り上げ世界へと跳躍しろ。
吹き荒れる風の中、身体が躍動する。全身へとめぐる血液が筋繊維の一つ一つに存在を励起させ、集約される大いなる力への意思でもって大地を蹴り上げる。
前へ。
前へ。
ひたすら前へ―――!
「―――エレア!」
―――視界が弾ける。
身体ごと切り刻まんとしていた烈風が止み、凪いでいく。ただ、真っ白で何もない無の空間、時間が消え失せた空間だけが広がっていく。
丁度己の真上に太陽がある。今は日の何時ごろだろうか、朝だろうかそれとももう昼を過ぎているのか。それとももう、夜なのか。それともその境目か。さんさんと照らす光の元には何の影も無く、眩い光の下では何を観ることもできない。ただ、ただ、白が果ても無く向こうに続いていた。ぎらぎらと照り付ける恒星の輝きは、それだけで肌が焼けただれてしまいそうだ。
白い空間の中、視界の先で、なおもって白い存在が虚ろな表情で白い空を、眺めていた。
恐ろしいほどに白い肌。まるで死蝋のようだった。細い瞳には何の感情があるのかわからず、ただ無感動に空を見上げるばかりだ。
歩を進める。
足取りは覚束ず、途中で倒れてそのまま亡骸と化してしまいそうになりながら、少女の元へと夢遊病のように歩いていく。
少女の元へ。倒れそうになるのを堪えて、膝を折る。
手を伸ばす。手先が痙攣しながら、自分の目線の高さにある彼女の頭に、白い絹のような綺麗な髪に手を触れた。
恐ろしく冷たく熱かった。触れるだけで凍傷になりそうで、触れただけで皮膚が炭化した。
彼女の頬を既に感覚のない手でそっと包み込む。表情のない蝋人形のような仮面の目元から液体が零れ、冷たい頬を伝っていく。
今まで何も気づかなかった。彼女が感じていたものを、懊悩を、涙を、その存在していることすら知らなかった。そんな自分に何かを言う権利も資格も何も、ない。
頬から手を離す。そうして、脇腹から手を背後に回して、少女の矮躯を決して離さぬようにと抱き留める。
己にできることは、ただ、一つ、だけ。
「エレア」
少女の身体がぴくりとだけ動いた。
言葉は鋭すぎる。感情は過激で大雑把すぎる。
だから己にできることなどただの一つ。
「もう君を独りになんか
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