88話
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でも……。
でも――――。
言葉が口から生まれ出ようとする。抗わんとする理性がなんとか理を見つけようと躍起になって、そうしてアヤネは口を堅く閉じた。
萎れた草が眼に入る。アヤネの軍靴に踏みつぶされ、すっかり地面にへばりついてしまった野草。その野草は一体何と言う名前なんだろう、と思ったが、アヤネの知る由の無いことだった。
身を屈めた。そうして、アヤネは前かがみになり、膝を曲げ、左手で膝を抱えるようにして、そうして人工の大地にふれた。
つめたかった。
「カルナップ大尉―――――」
寒さでかじかんだ声でも、その名前ははっきりと口から出た。
彼女だけでは、ないのだ。この計画の根本にかかわった人間全てが徹底的に野蛮さを背負い込まざるを得ない。人間の心を弄ぶことのどこに神聖さがあるというのだろう。欠片ほども、ありはしないのだ。
ゆっくりと立ち上がる。寒さで凍えた身体は、なんだか重たかった。身体が動くたび、ぎしぎしと関節が軋むようだ――――――。
「―――どうしたの?」
振り向けば、不思議そうな顔をしたジゼルが居た。
「なんでも」
「ふーん?」
彼女はそれっきり特に何も言うでもなく、アヤネの隣りに来ると、黙然と何かに眼差しを贈り返していた。
いや、それがなんであるかはわかっている。アヤネも意を決して視線を上げれば、ジゼルの視線の先に、夜空の下にあってなおの事漆黒を際立たせている巨体が眼に入った。
MS-14B《ゲルググ》。膝を折って蹲るようにする人形は、既に死んだように物静かだった。
野蛮―――否。
それは、もはやそんなものを超越している。あのそれが呼びかけるこれは、もう、何もかもが異なるのだ。
「それは、私のすることだよ―――」
「え?」
「ううん。何でもない」
「そう」
アヤネは首を横に振って、そうして、もう一度それを目にした。
漆黒の《ゲルググ》。大地に蹲るその様相は老いた農夫が土壌にふれて何かを探しているようだ。いや、何かを聴いているのか? それとも―――。
薄く積もる白い結晶群。紡がれた雪のヴェールがかかった《ゲルググ》の輪郭は、朧になって滲んでいた。
※
――――――――――――――――――――――――視界が真っ白に染まる。
風が吹いている。鼓膜を突き破り内耳へと侵入して引きちぎりながら聴覚野に轟く。
光速を優に置き去りにする白い神風。立っているだけで風が肌を切り裂き、筋繊維を千切りにし、骨を打ち砕き、心を攫っていく。2秒も立ち尽くせば、物理的部位精神的部位を結びつけるあるいは一体化していたはずのそれら否それは無化される。
己が消えていく。肌という境界が溶解し、心の内に強引に侵入した風が素粒子レベルまで自我を解体していく。
精神が漂白されていく。強引
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