88話
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右手に摘まんだそのパーツを、装置の中に押し込んだ。
――――――――瞬間。
――――――――世界が、大地が
意味が崩壊した。
※
雪降る大地。
息をするたびに肺に薄氷が張りつき、そうして息を吐くたびに湿度を持った熱が白くなって鼻先を立ち昇っていく。
アヤネ・ホリンジャーは、耳道の中を行ったり来たりする金属と生き生きと在る人間の戯れを感じながら、空を見上げた。
時折閃く、人間の営みとは明らかに質を殊にする赤黒い焔。そうして遅れてやってくる、殺戮の音響。
嘘だ、と思った。
あれもまた、人間の営みが為す行為の一端であるという点で戦争は人間の本質を恐らく構成するものであり、であるからしてあの閃きを人の温もりと差別するのは根本的な形而上学的誤謬を孕んでいる。
詩作は戦争と同じ野蛮な行為であると言ったのは誰だったか。
言葉だけを切り離して何かを論じることに意味は無い。
だが、つまりは、そういうことなのだ。人間が行うものというのは、結局は野蛮な行為なのである。
映画で放送されるくだらないヒューマンドラマも、真愛を語る文学も、少年の追想を描くノベルも、日常を描くアニメも漫画も、耳に心地いい音楽も、真っ当に聞こえるだけの説教臭い大人の語り口と人情も、否、もはや人間の文化的営みは全てその下部を支える構造を抱えざるを得ない時点で、そしてそれを当然のシステムと見做す時点で野蛮であり、擁護不能の暴力的行為であらざるを得ない。何をしても人びとは窒息の中に青ざめ、己が何故野蛮で愚劣であるのかその理由すらもそれによって理解不能と化している。
ニヒリズムだろうか?
いや、それも違うだろう。一つの思索をニヒリズムと命名し、己の野蛮さから目を離す行為は何ものをも解決せず、己の野蛮さに短慮の魯鈍を付け加えるに過ぎない。
下唇を噛む。鼻先はもうかじかんでいた。SDU装備では、もう、寒いのだ。
身体が震える。冷え始めた身体を温めようとする人間の自動性が、そうさせる。
左足を少しずらす。石を噛んだ軍靴がきぃと啼き、擦れた雪が潰れて伸びる。
両手を組んで顔の前に挙げ、組んだ手の隙間に息を吹きかける。温い湿度が籠っていく。
人間は最早、野蛮さから逃れることなどできはしない。学問も、青春も、人情も、社会も、現実も、正義も、何もかもが野蛮で破戒的だ。そこから抗おうとする試みも全て野蛮であり、自己擁護も他者の擁護も全てが野蛮さの裏返しにならざるを得ない。それが人間と言う存在の出来損ないの原‐罪であり、そうしてそれは永劫の回帰において遡及-効として永久に人間に襲い掛かり、将来-効として空蝉の世を最果ての未来においても支配していく。
俯く。重力に従い、さらさらと砂金の髪が下に垂れていく。
でも。
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