87話
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(ハイデガー少尉、聞こえていますか?)
それが、自分の名前を呼ぶ声だという当たり前のことに気が付かず、クレイは石を呑込んだかのように咽喉を動かした。
クレイ・ハイデガー。自分の名前を呟いてみる。
唇に馴染んだ己の名前を、確かに己の名前と認識できる。それでも、頭の中で反響した音は身体の方にまでは伝わらず、奇妙なぎこちなさだけが身体に残った。
無線越しに聞こえた少女の声はざらざらと粗塩が鼓膜に振りかけられているように、ミノフスキー粒子の干渉を受けて聞き取りづらかった。
秘匿回線での無線通信。聞いたことがある声だ、と思って、クレイの脳裏に恐怖と安堵が同時に去来した。
「その声は、モニカさん、ですか?」
(はい。アッカーソンです)
ほっと胸を撫で下ろす。
彼女のことは忘れていない。過去の己と連続的であるという、人間なら多くの人間が日ごろ当たり前のことに感じているその感覚が奇妙なほどに懐かしい。そしてその懐かしさに惨いほどに喜色を感じていることを、クレイは全く自覚しなかった。
(時間が無いので単刀直入に言います。貴方に私たちサナリィの資産である《Sガンダム》を回収していただきたい)
言い終わるか否か、といったくらいのタイミングでディスプレイにデータリンク更新のウィンドウが立ち上がり、別ウィンドウで《ガンダムMk-X》のライブラリに存在しない機体のデータの詳細がずらりと並ぶ。
MSA-0011X。Z計画系の機体らしいが、クレイは全く知らない機体だった。
(本来ならば数週間後に試験部隊で試験運用する機体でした。それが先ほど無人のまま喪失、1度コロニー外に脱出後にコロニーへと再び引き返して、現在少尉の元に向かっています)
「俺のところに?」
(はい)モニカの声色は、酷く灰色で平坦だった。(少尉の感応波を拾ってるのだと思います。フランドール中尉が乗っているようですから)
「は?」
フットペダルを押し込む力を緩める。負荷Gが背中から微かに圧し掛かるのを感じながら、クレイはどことも知れぬ全天周囲モニターの景色を見回した。
CG補正された黒塗りの世界には、ただ星の光が無数に散らばるだけで、まるでそういう模様の壁紙が張り付いているだけのようにしか見えなかった。
急すぎて事態が飲み込めない。
《Sガンダム》とかいう機体がどういう経緯で「喪失」したのかもよくわからない。それなのに、何故、エレアがそれに乗っていることになるのか―――。
ずきりと視神経が痙攣する。視界の中で、少女の顔が乱舞するようにフラッシュバックし、漆黒の《ゼータプラス》の顔が最後に重なる。
手が震える。それが何の震えなのかはわからないが、それはどうでもいいことだ。
なんにせよ、エレアがそのガンダムに乗ってこちらに向かっているというのならそれで
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