85話
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全身が巨大な手に握りつぶされ圧潰するような激痛を感じながら、記憶が断絶しそうになりながら―――クレイは、全天周囲モニターの向こう、赤く淀んだ先に佇む白い亡霊を睨めつけた。
後悔なんてあるわけない―――嘘だ。だが、そんなことはどうでもいいことのように思われた。
(そうか―――)ぽつりと滴った言葉が首筋に落ちていく。
(貴様も下らん存在だったな)
声が背筋の中にどろどろと侵入する。
蒼い瞳が、それに重なった知らない知っている男の目が重なる。明確な睥睨の色、侮蔑を感じさせる、沈むような言葉―――だが、ただそれだけではない言葉。その奥深く、男自身も気づいていない潜在感情の萌芽を、微かな―――ほんの微かな羨望をずっと奥底に沈ませた言葉がクレイを見据える。
あ、と思ったときには、既に衝撃がクレイを殴りつけていた。
もう何度目だろう―――たとえ意識が保てても、肉体の限界強度は当の昔に過ぎていた。頭蓋の内容物が破裂し、視界が一気に真っ白に染まっていく。
音ももう、聞こえない。己の息遣いも、身体の中の肉の蠢動する音も、計器ががちゃがちゃとなる音も、何もかもが聞こえない。ぷつりと神経が切断して、真っ白な暗黒の内へと落ち窪んでいく―――。
(せめてもの手向けだ。かつての仲間の手で逝け)
遥か最果て、何光年と先で喋っているようだ。もうその言葉の意味が何なのかを考えることすら億劫で、今すぐにでも身体がかき抱く自己存在把持を放り棄てたかった。
―――だと、言うのに。
なぁ。
酷く明瞭に、その言葉が耳朶を打った。
お前は俺のこと、やっぱり憎んでるか?
その声は聞き覚えがあるその声は、何の気負いも無い普段通りの声だった。
俺、ずっとお前のことだましてたんだぜ? 士官学校に入って、お前に知り合ってからずっと。最初からってわけじゃないけど
まだ、ずきりと頭が痛んだ。
そうか―――思えばなんでだろう、と思った。士官学校でも成績トップで居続けた奴が、その癖毎日楽しげに振る舞っていた男が、何故自分なんかと話すようになったのだろう?
だが、今となってはわかる。男も最初から、なにがしかの理由があってそうしただけのことなのだろう。ただ、それだけのことだ。
さぁな。別にいいんじゃない。
どうしてだ? だって俺は―――。
あんただってそうしなければならない理由が、必然があったからそうしただけのことなんだろ。だったら、俺に何か言うことなんてないよ。それに―――。
なんだよ。
俺にはもう、そういう感情がどういうものだったかわからないんだ。憎いとか、嫌いとか、それがどういう意味でどういう感じの感情だったのかさっぱりわからないんだ。それに、あんたの名前ももう、覚えてないんだよ。
息を飲む音、咽喉が蠢く音が耳元でなる。
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