85話
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うな音がして、それが自分の声だと気づいた。もう、咽喉の動かし方、声の出し方すらよくわからなくなっていた。
(そうだ。腐敗した連邦をいつか打倒する未来のために、地球圏に住む人々の善き生のために。目先の快苦に囚われる愚かな大衆どもに世界の重さは背負えんのだ。優れた人間が世界を動かしていればいい。その一員としてお前は相応しい)
血流がぐるぐると頭の中を回っていく。襤褸になった血管は、その勢いの良い真っ赤な血の流れだけで破裂してしまいそうだった。
(お前を道具のように扱った連邦になど気を使う必要などないだろう。そんなものよりお前はお前の実存を生きるんだ。本当のお前の生、本当のお前の力で生きる生、本当の愛という実存をな)
咽喉が痙攣した。
(エレア・フランドールは今我々の手の内にある。今までとは違う、彼女との本当の愛を交し合うこともできよう。お前には、そうする資格がある。そう思わないか?)
ずぶりと頭に何かが突き刺さる。
全くその通りだ。
男の言葉は魅力的だ。お前の力を貸せ、という言葉には確かな大地の重力を感じる。連邦軍に入隊する際に、地球連邦政府憲法に形式的に忠誠を誓ったあんな薄っぺらな儀礼などは単なる子どものお遊戯だ。虚しいお遊び以下の行為だ。
それでも忠誠を、公僕として在ることを誓ったことに変わりはない。それなのに、連邦政府が、連邦軍が行ったことは、ただ自分の生を玩具みたいに扱っただけだ。
何の仕打ちであろうか。
一体そこに何の忠誠が生じよう。いや、どうして忠誠を誓わなければならないだろう。一体何の正義があって、己はその組織に忠誠を誓わなければならないのだろう。
その必然は無い。
そんなものはさっさと捨てて、己の生を―――己の自我存在に相応しい生を送ることこそ、善き生ではないか。
クレイ・ハイデガーには、もう連邦政府に対する義務の履行を忠実に執行する責務など、ミリほどすらも存在していない―――。
視界が黒く落ち込んでいく。
永遠に落下していくような、感覚の、中。
「―――……」
(―――なに?)
「―――断る、と言った」
誰かの顔を、見た、気がした。
身体中が捩じ切れるように悶え、咽喉が引き裂かれそうになりながら、クレイはなんとかその声を抉りだした。
「私は、国家の公僕だ。私は俺の思想だとか感情だとか、そんなもののためだけに存在しているわけじゃないしそんな存在性は貧困な発想だ。私がやらなきゃいけないことは背負ったものを放り出すことじゃない。誰かに背負わされたものでも―――いや、だからこそ、背負い続けることだ」
(貴様何を―――)
「俺は……私は、連邦の士官だ! 私にはそう在り続ける義務があるんだ!」
言い終わらぬうちに、臓腑からせり上がった赤い液体が口から飛び散る。咳き込みながら、
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