68話
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彼の所属する基地ではない。彼はコンペイトウ・ウォースパイト機動打撃群に所属するMSのパイロットだ。ガスパール自身の執務室は、もちろんコンペイトウに存在している。今彼が居る執務室は、海外遠征部隊の高級士官向けに司令部に作られたものだった。
いや『それ』も違うか―――ガスパールはオフィスチェアを回転させ、背後の棚からグラスを取り出し、わざわざ持ち込んだワインセラーから赤ワインのボトルを一本抜き出す。
ソムリエナイフでボトルのカバーに切れ目を入れ、刃を手前にくいと引っ張る。ぺりっという音と共にカバーをきちんと切り取る。コルクにびっしりと付着した黴をタオルでふき取り、スクリューをコルクの真ん中にぶすりと突き刺す。ぐりぐりと捩じりながらコルクを貫通させ、ぐいと引っこ抜く。途中からは素手に持ち替え、ようやくボトルが口を開けた。
ラベルが見えるようにボトルを掴んでしまうのは癖だった。ボトルとワイングラスの縁がぶつかる密やかな音の後、滔々と赤黒い液体が透明なグラスに満ちていく。
ガスパールは、デスクに出しっぱなしにされた資料を再び手に取った。
事前に依頼してあった調査の結果を記した資料だった。
グラスの半分ほどを満たすワインを口に入れる。分不相応なワインだからだろうか、飲む人間が飲めばこのアルコールの液体に大地の豊饒を感じるのだろう。別に不味いとは思わなかったが、好き好んでこれに高級車より高い金を払う気持ちは、ガスパールにはさっぱりだった。
勝利の栄光を―――そう言って、あの男は自分にこれを渡したのだ。それだけ、彼も焦りを感じているということなのだろう。ゆらゆらと振ってみれば、ボトルの中で液体がゆらゆらと波打った。
資料のページを繰る。といっても、彼の思考は別なところにあった。
目を瞑る。
―――大翼をはためかせ、誉れ高い猛禽の旗印を誇りと共に心に掲げた。あの誇りの日から早くも歳月は10年を刻もうとしている。
10年―――ガスパールは己の顔に触れた。人生の倦怠をすっかり吸い込んだスポンジは、くたびれたようにやつれた顔をしていることであろう。
だが、雌伏の刻は終わりを迎えようとしている。新たな同胞を、世界を担うべき仲間を得て、あとは道を征くのみ。
「――――――のために……」
ぽつり口にする。持ち上げたグラスの中で、人工灯を孕んだ赤ワインが澄んだ色彩をガスパールの瞳に刻んだ。そのグラスに応えるグラスは、今は―――無い。
感傷的になっている。己の素振りに、ガスパールは自虐的な笑みを浮かべた―――躊躇いなどあるはずも無いのだが。それだけ、大きな事をしようとしているのだろう。グラスに残った液体を飲み干そうと、縁に口を付けた時だった。
部屋のドアをノックする音が耳朶に触れた。
「コクトー中佐―――神裂攸
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