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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
64話
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レイ・ハイデガーに存在していて、ただ彼女はその事実を理性的に精査し、判断しているに過ぎない。ただ、それだけのことである。それでもやっぱり嫌だなぁ、とは思うけれど、それはどうでもいい感傷だった。
 軍靴が地面に噛み付く音が鼓膜を打ち鳴らす。それに混じって、自分の名前を呼ぶ少女の鈴のような声がした気がして、慌てて顔を上げ―――。
 どすん、という軽い衝撃を受け止めていた。それが何なのかを理解するのは、さして難しいことではなかった。鼻孔の奥にじっとりと張り付くような甘ったるい薫りと、身体に感じるその艶めかしい肉の柔らかさ、そして理性は確かに自分がしがみついている相手がエレア・フランドールという人物であること判断した。
「前もこんなんしてたね」
 もう一度、そう彼女は言った。
 顔面の彼我距離は十数cm。薄暗がりでも、彼女のその白いかんばせははっきりと目に入った。
 外見相応に子どもっぽくて、ガーネットの瞳に静謐を満たしたエレアの顔。よっこらせ、となんだかおかしな掛け声とともに彼女はずいと身体を引き寄せる。それこそクレイの太腿どころか腰から下腹にかけての辺りにぺたんと座った彼女は、両手をクレイの頭に回した。
 彼女の力は結構強かった。ぎゅーっとクレイの頭と右わきから通って背中に回った彼女の力が強かったことは、けれどどうでも良かった。ただ、自分の顔をふっくらと包むその感触があまりにも殺人的な柔らかさだった。
 彼女の力が抜ける。
 身体が離れるにしたがって、クレイは、伺うようにエレアを見上げた。
 どうして、と口が強張る。だって、と続けようとして、それを遮るように彼女がクレイの髪の中に指を入れ、ゆっくりと頭を撫でた。
 ぞわぞわと脊髄が震える。それだけで絶頂を迎えそうな解放感だった。
 彼女は、いつも通り無邪気ににこにこしている。あまりにも幼児的なアルカイックスマイルがクレイを見透かしていく―――。
 赦してくれる、クレイは思った。彼女は、クレイ・ハイデガーという事実存在を赦そうとしている。
 クレイは慄きとともに身体を硬直させた。そのような資格が何故自分に在るというのか、この欠如だらけの襤褸の存在にどのような価値があると言うのか。だから、クレイは自分の臓腑の底に泥泉のように溜まっていた言葉を半ば狂乱しながら口から吐き出していた。
 元々大した人間じゃない。クレイ・ハイデガーが「善い」人間であるのは、所詮は体裁の問題、畢竟見栄でしかないことだとか、MSのコクピットを撃ちぬいた瞬間が予想以上に気持ち良かったこととか、従軍して戦死した人間が―――それこそ直援を務めていた身近な人間が死んだのにほとんど不感的な感情しか抱けなかったこととか、とにかくクレイは自分について口汚く罵りつづけた。最中、エレアは、やはり何も言わずにクレイの頭を愛撫し続けてい
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