63話
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うな人間でも、ないのだが。
「カンザキ少尉とハイデガー少尉は大丈夫か?」
「ユートとクレイですか?」
かちゃん、とカップにソーサーを置く甲高い音が耳朶を打つ。
「ご存知で?」
「2人はそれなりに有名人だからな」ガスパールが足を組む。「初めての実戦だったのだろう? どれほど腕が良くても実戦に耐えうるかどうかは別問題だ」
足を組んだまま、ガスパールの視線が白磁のカップを捉える。未だ琥珀の液が残っていて、無機的な白い光を反射していた。
シミュレーターや模擬戦闘時のVIBSの性能の向上は、それこそほとんどリアルな戦闘と差異の無い演習を可能とした。以前まことしやかに語られた様な模擬戦と実戦の違いはほどんと解消されたといって間違いはない。死ぬ可能性という面でも、VIBSを使用しての市街地やデブリ密集地での高機動戦闘を行えば障害物に激突・死亡することは起こり得る。明確な違いなどない。ただ、深淵の絶壁がすぐ隣にぱっくり開いているか、遠くに存在しているかの違いに過ぎない。
だが、確かにそれは差異なのだ。生命の途絶という可能性に耐えられる人間などいない。普段は目を逸らしているその可能性の最果てが間近に迫れば、不安定な基盤しか持ちえない人間存在は呆気なく軋み、拉げる。そして、砕ける。それは理性を持つが故に己の孤独を知ってしまった、人間という存在に潜む普遍的法則に他ならない。普遍的法則に例外は無い。どれほど優れた人間であろうと、死という無への還元の前には芥子粒と大差ないのだ。
部隊長を預かる身として、部下のステータスには常に気を配っている。それこそ新人ともなれば細心の注意を払うものだ。
神裂攸人は出撃前にこそ怯えを感じていたが、作戦が終わってみれば己が生きていたことを素直に喜び、殺人に対して敬虔な態度をとっている。端的に、上手く状況に適応できている。
だがクレイはどうだろう。一時的な心的外傷による精神状態の不安定にこそ陥ったが、今となってはすっかり平時と同じ様子である―――外面上、は。
完璧主義者というわけではないが、それに類する性格の持ち主であるだけに不安さはある。情欲やら快楽の過度な抑圧は人間にとって害悪でしかない。抑圧された感情は、解消されるのではなく無意識の領域に貯蔵されるのだ。
だからといって―――フェニクスはカップの縁を指で撫でた―――人間のやることでは、ない。
「2人ともぴんぴんしてますよ。出来た奴らです」
己の感じる不安を語るのは憚られた。単純な逃避でしかないその感情に自己嫌悪する。
そうか、と肯いたガスパールの顔は、妙に安堵しているようだった。有名とはいえ、どうしてガスパールが気に掛けるのだろう―――?
「未来を担うのは彼らのような優秀な人間だ。善い人材はそれだけで人類にとっての資産だからな―――
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