62話
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湯気が、立っている。
降り注ぐ液体の感覚を肌に感じながら、クレイ・ハイデガーは正体のない漠とした表情で、シャワーを眺めていた。
作られたばかりの施設だ。綺麗な設備に、念入りに掃除されているため、穴の一つ一つまで汚れが無い。
水がタイルを叩く。肌の上を温い液体が伝っていき、指の先から滴り落ちていく。
目に勢いの良いシャワーの噴水が入るのがなんだか痛くて、視線を下げた。嫌なものが目に入って、クレイは水浸しの髪を右手で乱暴に掻き上げ、今度は顔に水が当たらないように目一杯顔を上げた。手のひらには抜けた茶色の髪がぐったりと萎えていた。
壁に寄りかかる。プラスチックの冷たくも暑くもない無機的な感触を背に、クレイは床に座り込んだ。
謝罪とは、不正な出来事に際して発生する行為である。
己は不正を行ったのだ。であれば何故、自分は躊躇っているのだろう。己が理知的な人間であれば、己が赦されるかどうかなどどうでもいい問題ではないか。
膝が折り曲がった足に温い水が降りかかる。
簡単なことだ。クレイ・ハイデガーは理知的でないと考えれば論理的であろう。ただ、クレイは己の格率に己の情念を据え置いているに過ぎないのである。
クレイは、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がる途上に湯を止め、鏡を見やった。水に塗れ、鼻先ほどまで伸びた前髪がべったりと張り付いていた。もう一度、前髪をかき上げた。
そんなに嫌なのか、と鏡の中にいる男に問うた。鏡の中の男は14歳の子どものように顔を顰め、首を横に振った。
脳髄が脈打つように跳ね、思考を弾き飛ばそうとする。その抵抗を抑え込み、だが待てと無理やり思考を続けていく。
何故、嫌なのだろう。熱して赤くなった鉄の棒を首元から脊髄にねじ込んでいく。苦痛に顔を歪めた鏡の中の男は、一文字に口を噤んでしまった。ぶるぶると唇を動かすが、どうやら彼は言いたくないらしい。
そうか、と肯く。言いたくないのだ、彼は。その理由は自分でもよくわかる。ぶちぶちと音を立てて脳みそが出血を起こしていくが、無視しよう。
否定を口に出しかけた鏡の中の男が吃る。くだらないことと切り捨て、クレイはシャワールームのカーテンを開けた。
広々とした―――収容人数的には妥当な広さだろう―――更衣室でさっさと服を着て髪を乾かす。フライトジャケットを羽織り、顔を上げる。鏡に映った己の顔は、ぼやけてよくわからなかった。
支給品の時計を一瞥する。簡素で堅実、そんな見た目のそれの針は既に消灯時間を過ぎている。
今から彼女の部屋に行くのは、おかしい。そもそも消灯時間を過ぎているのだから―――。いや、こういう時には善は急げ、なのだろうか。だが寝ているのを起こすのも悪いような。
頭の表層で些末なことを考えている。コアに触れないように、わざとそ
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