62話
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彷徨わせたクレイは、彼女の手に目を止めた。
赤い糸だ。輪っかを作ったその糸は半端にエレアの指に巻き付いて、熱射を避けて陰で休む蛇のようにぐにゃぐにゃとベッドの上に横たわっていた。
何に使う糸なのか―――そんな逡巡をしているうちに、明かりに起こされた少女は唸り声を上げてゆっくりと身体を起こした。
蝋のような白い顔に、2つだけ赤い光が灯る。志向性の無いその無邪気な瞳に、クレイのやつれた顔の輪郭が描かれた。
「あ、おはよう……こんばんは?」
頓着のない、彼女の無邪気な笑みがぱっと花咲く。そのあまりにも明るい笑みに微かに、ほっとしている。安堵を覚えていることに、歯ぎしりした。
だが、それを顔には出さずに、こんばんはだね、と顔を緩ませた。
ちょっとだけの、間。まじまじと穴のあくほどにクレイの顔を見つめたエレアは、どこか気まり悪そうな照れ笑いを浮かべた。
「なんか、久しぶりな気がするね。こうして2人でいるの」
咽喉が震える。
「あぁ、そういえばそうだね」
なんとか声を出す。
エレアとこうして2人で会話をするのは、確かに懐かしさを感じる。まるでずっと昔の出来事のようで―――そもそも、2人で会話をしなくなったのは、エレアに何かあった時からだ。見る限り、エレアにはその禍根は残っていないらしい。
良かった、と思う。エレアはやっぱり、こうして笑顔で居てくれる方が善い。
そう、いつでもエレアは屈託なく無邪気だった。いつでも、クレイという人物に向ける彼女の姿は純度が高かった。
それが心苦しい。彼女の純に対して、自分の存在はあまりにも不純物を含んで曇った鉄でしかなかった。
骨が軋むくらいに手を握る―――。
「それは?」
「あ、これ?」
ひょいとエレアが片手を上げる。重力に従い、だらりと糸が垂れる。そのピンク色の糸は、中指と薬指に引っかかっている。
薬指にぴったりはまった金属の環が、電灯を受けてちらと光った。
エレアは得意げにその糸を両手に持つと、くるくると糸を操る。
覚束ない手取り。覚えたばかりなのだろう、眉を顰め、むー、と口を一文字にしては崩し、また繰り返す。
10分ほどの外時間だっただろうか―――クレイは思わずその過程を網膜に刻んでいた。
複雑に絡まる糸。一見、それはぐちゃぐちゃに、無秩序に形作られていく。
「できたぁ!」
勢いよく立ち上がり、完成品を高々と掲げる。
左手で糸を摘まむようにして、右手を基盤として。高く―――というほどでもないが、一本の糸でしかなかったものが、構造を伴って複雑に秩序だったそれに、思わず放心した。
何故かは、わからない。過程を思い出せば、言うほど複雑な工程を踏んでいるわけではないのだ。多分、今同じことをやれと言われても似たようなものを作り得る。
だが、
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