61話
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何故か、黒い髪の女性の顔が、浮かんだ。どこか凛然とし、己の為さなければならない義務を自覚していたあの女性。
あんな風になりたいな、と、彼女は唐突に思った。どうしてなろうと思ったかはわからない。思い出したあの女性の正義を滲ませた顔が、とてつもなく綺麗だったことを思い出したからだった―――。
※
エイリィ・ネルソンは、瞼が重力に従って降りようとする中、うっすらと意識を取り戻した。
ちょっとだけ、寝たらしい。本当はもうちょっと深い眠りにつくはずだったのに―――。
大きな口を開けて、欠伸を一つ。全身の筋肉を強張らせ、弛緩。欠伸と一緒に目もとの涙を拭ったエイリィは、脱力しながらベッドに横になった。
体内時計は、さっきプルートが悪夢に魘されて再び安眠した時から2時間と経っていないことを告げている。一応正確な時間を知ろうと枕元に置いた目覚まし時計に手を伸ばしたら、彼女の手に何かもこもこのものが触れた。
熊のぬいぐるみだった。攸人に買ってもらったそれは、安物らしくちょっと肌触りが良くない。
久しぶりだな、とエイリィは淡白に思考していた。
熊の色のない視線を見返す。
そうしたのは、心の中の―――そうして身体に及んだこの不定のざわつきのせいでしかない。身体が強張り、下腹部がぎりぎりと捩れる。冷や汗が汗腺から滲み出し、嘔吐感が股間から咽喉元へと這い上がっていく感覚を知覚して、エイリィは口元を抑えた。
息が荒い。吐息は酷く温く、視界は朧で焦点がはっきりしない。
目を瞑る。
網膜に反射する光景。血塗れになって破壊された道路に転がっていた妹と、小汚いシーツの上で死に絶えた自分の子ども。
プルートが無事に任務を終えたのも、1週間ほどの精神不安から立ち直ったのも、全ては彼女の資質の話だ。お守りとして渡した熊のぬいぐるみに宿った妹の念と、そして―――子どもの念が救ってくれたなどというのは、ロマンチストな発想に過ぎない。そういう発想ができるほどに、人生の限界に辿りついていない。
大きく息を吸う。鼻から盛大に吐き出した空気は既に冷え、全身の強張りももう、不快な残滓を残すばかりだ―――。
―――でも、そういうセンチメンタルなロマンチストは嫌いじゃない、とも思う。科学など所詮はポスト神としては出来損ないでしかないのだ。ロマンくらいは語ったって、いい。
ふと右腕に違和感があった。エイリィの腕を枕にしたプルートが寝返りを打ったのだ。どこか苦しそうな寝言に、エイリィは胸がぎゅっと痛くなるのを感じながら、耳を近づける。
「水が少なすぎるよ……」プルートの声は、苦しそうというより酷く不満げだった。薄暗くてもわかるくらいにぎゅっと眉間に皺を寄せている。
バスに浸かれないことへの不満だろうか。そう言えば前にシャワーをまともに浴びたのは1
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