60話
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がどれほど努力を重ねようとも、あの存在からは逃れられぬ宿業である。
何かが耳朶を打つ。それは物理的な空気の振動を伴った音だったようにも、あるいは頭の聴覚野にダイレクトに突き刺さった音だったようにも、感じた。だがその区別はどうでもいいことだ。問題はその声が聞こえたというだけの事実で、そうしてその声の主はもう―――。
あなたはだれ?
また声が耳朶を打つ。それも今度は至近、耳元で囁くよう。悲鳴をあげて声の方に目をやれば、彼女の網膜はその幻影を確かに捉えてしまった。
腐敗した死体。純白やら白無垢などという形容が黒い色の対象にした言葉であったと思うほど、白でしかないその存在は、されど腐敗した水死体に比べて、綺麗すぎた。
髪の毛からつま先まで白一色。何者でもあって何者でもないその存在が音も無く蒼い宇宙の中でゆらゆらと浮いていた。
全てを一色に染め上げていくように見透かすその薄く開かれた瞳。蒼い色にも赤い色にも緑色にも、全ての色が渦を巻いているようなその瞳を向け、その存在が冷たく柔らかな微笑を浮かべる。
彼女は慄いた。その何者でもあって何者でもない顔が歪み、己の形相になったからだ。
死蝋の口が蠢き、その残虐なほど美しい声を出して―――。
※
プルート・シュティルナーは絶叫しながら身を起こした。
汗でぐしゃぐしゃになったシャツとごわごわになった髪の毛の感覚が最悪だった。
周囲は真っ暗だった。そして程よく涼しい―――。
「夢?」
暗闇の中、ぽつりと声が耳朶を打った。びくりと身体を震わせながらも、プルートはその声が効きなれた声であることを理解し、まぁなと言いながら再び身体を横にした。
頭を枕に降ろそうとすると、酷くぷにっとした感覚だ。エイリィの腕、だった。
「また例の夢?」
肯く。そっかぁ、と所在なく応えたエイリィのどこか間の抜けたような声が、今はありがたいと思った。
あの戦闘以降、奇妙な幻影に付きまとわれる夢をよく見るようになった。あの戦闘中に見た幻影は何なのか―――恐らく、あれが上の人間が欲しがっている物が引き起こしたものであろう、という直感しかないが、とにかくあれがプルートに相当なトラウマを刻み込んだのは事実だった。流石に思い出しただけで震えが止まらなくなることはなくなったが、深い眠りについた折は必ず夢に現れている。
目を瞑れば、すぐに瞼の裏に立ち現われてくるそれ―――。
彼女は身体を震わせた。一過性の単なる震えではなく、恐怖への根源的な震え―――。
ぐいと自分の身体を柔らかな感触が包む。温かい感触。自分という存在の境界線がとろとろになってしまうような、良い匂い。震えはそれで止まった。
エイリィの柔らかな手が頭を撫でる。安心して、怖がらないで、
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