57話
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捨てられた無縁塚。
身体が記憶する快楽が一瞬過る。
エレアの肉体の良さと、みさきの口と膣の感触と、殺戮を自覚した時の法悦とすら呼べる身体の記憶。
クレイはそこで胃の中の内容物を吐き出しかけた。事実、口までせり上がったが、それを吐き出すことはしなかった。それは、楽をすることだ。クレイ・ハイデガーには吐き出すものなど、ない。あっても赦されない。
クレイはとりあえずベッドに寝転がり、誰か女性を背後から犯すようにするのを想像しながら機械的に自慰し、やはり機械的に快楽を処理してゴミ箱に捨てた。その残余の感覚を消し去るようにさっさと立ち上がり、ウェットティッシュで右手を拭き、それもゴミ箱に捨てると、机の前に座った。
デスクの上の電灯をつける。LEDの無機的な弱弱しい光が闇の中を浸食していく―――光の闇の境界線は酷く朧気だった。
背もたれにも寄りかからず、机に突っ伏すこともせず。背筋を伸ばしたまま、ただ己から発する身体の稼働の音を耳にしていた。
例えば呼吸音。鼻から息を吸っては肺の中に空気が入っていく、秋の風。
例えば唾液を飲み込む音。口の中で不意に咽喉が鳴り、唾液が流れていく。
例えば指の音。人差し指と中指で親指をぐいと抑え込めば、パキッという有機的な音が耳朶を打つ。
それら全てが、生きている身体のハルモニアだった。無秩序に見えて、生ける身体という複雑な時間軸上のシステムが調和的に躍動したエフェクトの証左。
死ぬ、とは動きがなくなることである。単純に目に見える動きでもあり、身体を構成するシステムが停滞することでもある。一か所に淀んていた存在が一度完全に停滞し、そうして分解されていく。
クレイ・ハイデガーの身体は確かにここにある。
だが、ついこの間まで存在して、そうして今はもう喪失した身体が、ある。
ずきずきと頭が痛む。心臓の動悸が早まる。身体が、痙攣する。
眼球の中のガラス体の中に、淀んだ像が浮かんでいた。ついこの間の出来事なのに、既に明確な輪郭を描けなくなってしまった琳霞の顔。酒に酔った彼女の顔と、任務だからと通信ウィンドウに映った彼女の顔。自信に満ちて、行けと言った彼女の顔。
彼女だけではない。琳霞の部下も1人。そうして、作戦終了後にニューエドワーズで執り行われた一連の葬儀。タイホウが沈み、それにほかの部隊のMSのパイロットとて、命を落とした者がいるのだ。
そうして、敵―――茨の園を拠点として活動していた、宙賊とネオ・ジオンの混成部隊。彼らとて、死者であることに変わりはない。
自分の手を見る。
特に変哲もない、ただのヒト種の手。この人間の手が、人を葬ったのだ。
ざわ、と背筋を―――というより、身体の芯を冷やされたアイスピックがずぶりと刺した。
人を殺したという事実、そ
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