54話
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するように、プルートの存在をどろどろに溶かしていく。
流れ込んだ半液体がプルートの内臓を食い荒らし、脳みその皺ひとつひとつに沁み込んでいく。己が己であるという感覚を刷り取られ、自分が空っぽになっていく―――。
誰かの声が遠くで聞こえる。自分の名前を呼ぶ、誰かの声。だが、この押し寄せる濁流の中であまりにちっぽけな小石に過ぎなかった。
全身を強張らせ、ヘルメットを脱ぎ捨てたプルートは引き絞った弓さながらに身体をのけ反らせ、目をあらん限りに剥いた。
蒼い。宇宙が限りなく蒼い。まるで深海の中にいるようだった。そして海底に沈殿する腐肉の汚泥。そのように淀んだ時間に埋もれ、己という存在が腐敗していく―――。
もはや哀願とすら呼べるほどに慟哭を迸らせ、容赦なく己の身体内に闖入してくるその存在を拒絶するために雷と化した思念がインコムへと殺到し―――慄然とした。
インコムの本質はファンネルのそれと変わらない。違いは予めサンプリングされプリセットされた感応波に呼応し、システムが駆動するというだけ。改良されたインコムは、ファンネルのそれに比べれば子どもの遊びでしかないが、それでも彼女の手足となって忠実に従っていたのだ。
それが、動かない。いくら彼女の思念が針を向け、動いてと命令しても、ねっとりした時間に絡めとられたインコムは動こうとすらしない―――。
―――あなたはだれ?
耳元でまるで舐めるように囁く声。ぎょっとして声の方に目をやれば、蝋人形のような冷たい肌の女の幻影が微笑を浮かべていた。
微笑と言うにはあまりに非人間的で、かといって冷笑と言うほど冷たくもない。死蝋のように顔をこわばらせ、半目に薄く開いた瞳が己の脳みその中まで子宮の中まで見透かしてくるような、鋭利で柔らかい嫣然とした笑み―――。
―――わたしにあてたあなたはだあれ?
知っている声、でも知らない声。あの子の声、そして、自分の声―――。
冷血なアルカイックスマイルに固着した死蝋の幻影がプルートの正面に回り、その無機的なまでに白い腕がバイザーを潜り抜け、プルートの頬を撫でる。逃げるようにシートに身体を押し付け、操縦桿から手を離したプルートは脱ぎ捨てたヘルメットをその幻影目掛け、10歳の女の子のような動作で投げつけた。幻影はそれを避けようともせず、ヘルメットはその幻影の身体を突き抜けていく。空っぽのヘルメットは全天周囲モニターに当たり、こつんと音を鳴らした。
あの子の顔だった。知らない女の顔にもなった。別な顔にもなった。だが次の瞬間、その蝋人形のような超物質的存在の顔は確かにプルート・シュティルナーの輪郭を描き、薄く開いた蒼く紅い瞳に己の姿が映っていた。
ロゴスが砕けた。がらがらと硝子が砕けるような音とともに、頭の中で拉げた脳みそから白濁した液が溢れ、
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