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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
46話
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 お父さんはね、正義の味方なの―――。
 遠い記憶の中の言葉。それが何歳のころに聞いたのか、彼女も覚えていなかったし、彼女の母も曖昧な記憶らしく、正確なことはよくわからない。
 それでも、その言葉だけが彼女にとってリアリティを持った父親の存在の予感で、成長してから写真で見る父親の姿はどこか現実感がない姿だった。
 彼女の父親は、つまるところ軍人だったのだ。旧ジオン公国軍の士官で、MSのパイロットも務めていたらしい。彼女の母親が語った正義の味方、という言葉は、言い換えれば公僕として国家に仕えていて、皆のために戦っているという言葉を子供向けに抽象的に言い換えたものだった。別に正義の味方だからといってボサボサの頭の魔術師が荒んだ満面の笑みを浮かべているわけでもなし、赤銅色の髪の少年が試練に立ち向かう姿があるでもなし、白髪の男の少年のような笑みがあるでもなし。まぁ、何か壮大なミュトスが開かれていく言葉ではなかったのである。
 だが、それでも少女にとってはその言葉は大きな意味を持っていた。正義の味方。それは頭はパンで出来ているアニメのキャラクターを例にとるまでもなく、それは誰かのために奉仕しているということだ。滅私に働く父親を彼女は尊敬したし、またそのような父親を目指そうというのも自然な成り行きではあった。だから彼女はエレメンタリースクールでは上位に居たし、部活動もサボらなかったし、学校の行事にも積極的に参加した。所謂彼女は模範的な生徒であり続けて、それ自体に誇りを感じていた。規律の下に自律的に在るということ、それはそれ自体として尊ばれるものであった。
 だからこそ。彼女は、宇宙世紀UC.0080年にジオン公国が連邦政府と終戦協定を結んだこと―――より端的に言って、ジオンが負けた意味がわからなかった。だってジオンの軍人は皆正義のために戦っていたのだから、負けるわけなんてなかったのだから。そんな彼女の思いとは裏腹に、ジオン公国軍は本格的に敗戦国となったのである。10代前半の少女の下に残ったのは、正義に対する己の意思と、母親と、そして父親はア・バオア・クーで戦死したという報告だけだった。彼女の父親は、死んだのだ。遺品は父親が最後に乗っていた機体―――《ゲルググ》とかいう機体をバックに満面の笑みを浮かべてサムズアップする父親と同僚の写真だけだった。ちなみにその同僚も死んだらしい。
 それでも彼女は涙を流さなかった。なぜなら彼女の父親は、正義のために死力を尽くして任務にあたったのだから、それは誇るべきことの筈なのだ。たとえそれは国が負けても、そこに生きていた人々の思いとは全く別な問題である、と彼女は信じていた。勝てば官軍だろう、だが負けた側とて劣らず誇りがあるのだ。
 だが、社会は異なる振る舞いをした。かといって、世界中が、宇宙中が侮蔑で溢れたわけではなかった。
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