32話
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るぬるした液体の感触があった。カーゴパンツの尻のポケットから小さい鏡を引き抜けば、野暮ったい面に赤々とした四角い跡が無数についていた。
慌てて唾液を拭き、野暮ったく伸び始めた髪をブラッシング。鏡を見乍ら鼻毛や目脂を適切に処理するのに5分ほどの時間がかかった。そうしている内に、キーボードの跡は目立たなくなっていた。
「いつもこんな調子なのか?」
眉宇を顰めたヴィルケイが辞書のうちの1つを取り上げる。
咎めるような調子だったのは、当然と言えば当然だった。『副業』に専念するあまり、本業が疎かになっては陋劣極まりない。殊に実戦実証も済んでいない兵器の試験などは極めて緊張を要する任務だ。常に万全を喫して挑まねばならないということは言うまでもない―――分厚い紙媒体とクレイを見比べるヴィルケイの眼差しが詰問していた。
「いえ、今日は休日とわかっていましたから」
両眉を寄せたまま、辞書をデスクの上に置く。重たい音が耳朶を打った。
「別にお前のペースは知らねーが」自身の微糖の缶コーヒーを呷った。「休めるときは身体を目一杯休ませろよ」
「まぁお前の息抜きがそれって言われたらなんとも言わんけど」缶コーヒーを逆さになるほどに上向きにさせ、アルミの尻をぽんぽんと叩く。だらしなく舌を出しては滴ってくる苦い汁をキャッチする様を脇目に見ながら、クレイも缶の中身を空にした。
空になったはずの缶を手首のスナップを効かせて素早く振り、中身を確認していると、ひょいとヴィルケイの腕がデスクの上に伸びる。
「これお前何回読んでるんだ?」
しげしげと手にした本を眺める。パスカルの著作だった―――いや、と首を横に振った。何回、どころかまだ1回も読み終わっていない本のハズなのだが。
「そんなにちゃっちゃと読めないんですよ」
「ははぁ、なるほどね―――幾何学の精神?」
ページを開いたヴィルケイが肩を竦める。元々栞が挟まっていたページに挟みなおすと、やたら分厚い本をタブレット端末の脇に置いた。
「今日も一日中学問ですかい、先生(・・)?」
「やめておきますよ。眠気で頭がはっきりしない時に考え事をしても無意味ですから…」
そりゃそうだな、と首を縦に振り―――ハッと顔を上げたヴィルケイがぐいと顔を寄せた。
整髪料のつんとした匂いが鼻孔の奥を突く。椅子ごとたじろぎなが顔をひきつらせた。
「暇なんだな?」
まぁ、と頷けば、眼前のイタリアンがにこやかな笑みを浮かべた。
「リフレッシュには身体を動かすのが一番さ」
笑みはそのまま、シャツの裾に手をかけると一気に脱ぎ捨てた。
※
「あじい……」
空を見上げる。蒼穹を真横に分断する巨大なコロニー構造―――人工太陽は、今日も遺憾なく仕事に勤しんでいた。ニューエドワー
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