29話
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苛々を含んだ息を吐いた黒髪の女は、よろよろと立ち上がったクレイを呆れたような、やはり瞋恚を多大に含んだ視線を突き刺してきた。
「本当に覚えてないわけなのよ?」
怖じ怖じと首を縦に振ると、もう一度、今度は盛大に溜息をついた。
「すいません……」
「別にいいわよ。元々私怨だったし」
とはいいながらも、やはり琳霞の顔色は険に満ち満ちていた。
「一年前よ」
別にいい、と言うのとは裏腹に、恨めし気な目でクレイを見やる。
一年前―――まだクレイが士官学校に居た頃だ。それこそ女っ気などミリほどしかなかったし、数少ない知り合いも片手で数えても余裕があるという侘しい男の記憶野に、趙琳霞という名前も顔立ちの残影も無かった。
それでもなんとか思い出そうと唸っていること十数秒、結局琳霞は失望と喪失感をありありと浮きだたせた。
「教導隊の選抜試験の時のことよ。まだだめ?」
琳霞が言った言葉に目を眇める。教導隊の選抜、と言えば確かに一年前だ。その時知り合った、ということか? それにしても、クレイにはさっぱりだった。何せ周りにいるのはベテランばかりで明らかに場違いな空気の中、酷く緊張しながら各試験を受けた故に何も覚えていなかったのだ。話しかけてきた人は何人かいたが、当たり障りもなけてばとりとめもない相槌を打った記憶しかなく―――。
いや、と記憶野のどこかでなにがしかの電気信号が閃いた。
そういえば、女の人と話した記憶がある―――頭蓋に押し込められたタンパク質と脳神経の塊が、琳霞の輪郭をおぼろげに描き出した。
「個人技能審査の相手のお方だったり…」
安堵と憤慨を同時に顔に表出した琳霞が、ただ「そうよ」と素っ気ない声を零した。
「あの、あれは……」
「もういいわよ。なんかあたしだけ盛り上がってバカみたい」
言って、琳霞が《ガンダムMk-V》の方を一瞥し、忌々しげに舌打ちした。
ぷいと顔を逸らした彼女は、そのまま踵を返すとさっさと格納庫の出口へ―――いかなかった。途中、思い出したように踵を返すと、やはりさっさとクレイの目の前まで戻って来た。
ふと気が付く―――琳霞の黒髪は染めているらしい。頭頂部の色が抜け、地毛の茶色の髪が覗いていた。
「アンタの部隊、サイド3の教導が終わったらサイド4宙域の掃討作戦に参加するのよね」
「えぇ……テストとかで」
吃驚して琳霞を見返した。確かにサイド3の教導が終わったら、N-B.R.Dやら《リゼル》やらの実戦テストという名目で、サイド8に隣接する新生サイド4宙域の宙賊の掃討作戦にも従事することになっていた。だがどうして―――という問いは、すぐに自己解決した。
琳霞の所属する国防軍第1海兵宙戦団は、連邦軍が宇宙でのジオン残党の討伐を行う際に共和国から派遣される部隊だ。
事情を理解したこと
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