暁 〜小説投稿サイト〜
月に咲く桔梗
第4話
[5/8]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
出原案を担当する『脚本演出』をはじめとして、舞台上での立ち回りや照明の動作を構成する『舞台演出』、音楽や衣装、各種装飾品を指定する『芸術演出』というものである。メンバーは部長の智と高一の森本直樹、中三の朝倉達矢で、彼らは演者として舞台に上がることの無い『演出専門部員』として、これらの役職を持ち回りで担当している。

 中三だからと言ってあなどるなかれ。達矢の手掛けた脚本は、登場人物の感情の揺れを強調しつつも『演劇臭さ』がそこには現れず、流暢なセリフ回しは観客の心にわだかまりなく浸透するので、気づいたときには作品の世界に引きずり込まれているという、悪魔のような脚本を書く演出家である。
 達矢が情で観客の心を鷲掴みする一方で、高一の直樹は笑いをして虜にする、『喜劇の天才』である。彼が脚本を書くときに大切にするのは、『笑いは無知と背中合わせ』という彼の座右の銘である。

 直樹は特にチャップリンが好きで、『独裁者』は彼の最愛の映画である。彼の作品では必ずと言っていいほど、現実世界の国際情勢を元に、登場人物同士の関係を描いている。「国同士のいがみ合いも、人間関係として見れば実に荒唐無稽だ」という皮肉に気づいた瞬間、ありのままに受け入れてきたひょうきんさの裏に怖気を感じ、観客は自らの無知を恥じるとともに作品に込められた真意を理解出来たことに興奮するのだ。もっとも、そのことに気づく生徒は望海のような一部の物好きしかいないので、あまりにも難解なギャグは取り入れられない。

 だが、ここが進学校の特徴のようなもので、教育熱心で政治思想にも詳しい保護者から絶大な人気を得ていて、彼が脚本を手掛ける演目を見に訪れる年齢層は、朝倉や智が書いた脚本の演目よりも二十歳ほど高いのが特徴である。もちろん、こんな演目を公的行事でやってでもすれば、教育委員会のお偉いさんからありがたいご指摘を賜るのは避けられないから、学校でしか披露する場所がないのが現実である。

 これだけ個性的、独創的な『演出専門部員』がいる中で、部長の智の脚本の特徴と言えば、『原作に忠実』という、いかにもありがちなものであった。

 けれども、この原作に忠実というのは恐ろしく難しい。あくまでも部活動であるから、見物料を払って見るような二幕構成の演劇とはわけが違い、最長でも一時間の尺で劇を構成しなくてはならない。「ドラマ一本分の時間でワンクールの内容をやれ」と言っているのと同じである。はっきり言って無茶な話ではあるのだが、智はそれをいともたやすくやってのけるのだ。

 彼は『取捨選択の神』である。どの場面やセリフを抜けばいいか、もしくは抜いてはいけないのかが潔く判断できる。これが彼の天賦の才であり、満点近い成績を現代文のテストで取るような人間の成す技なのである。

 智は『禁固三年』の生徒ではあ
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ