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竜門珠希は『普通』になれない
第1章:ぼっちな姫は逆ハーレムの女王になる
なお珠希はBluesである
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「い、行こう。星河くん」
「……えっ?」
「ほら、早く」
「あ……。う、うん……」

 特に深い意味もないまま差し出した珠希の手を、最初はどこか躊躇いつつも、星河は人ごみにはぐれないようにぎゅっと握ってきた。そんな星河の行為に、あれほどの事をした自分がまだ完全に拒絶されていないのだと安堵しながら、珠希はそこから足早に立ち去ることにしたが――。

「ちょっと待て。聞き忘れたことがある」
「……何ですか?」
「そこの女子、名前は?」
「あたしですか?」

 先程までしつこく早く消えろと言ってきた2年男子から、場所が場所ならナンパの手口のひとつにありそうでなさそうな質問を投げかけられた珠希はわずかに目を細め、呼び止めてまで自分の名前を尋ねてきた2年男子の真意を探ろうとする。
 警戒心をあからさまに示した行為ではあるが、珠希を油断させようとするのが目的であれば、その警戒心を解こうと工作を仕掛けてくるのが世の常だ。兵法にも記されるくらい甘言は人を騙し、唆し、迷路に迷い込ませる最大の餌である。

 だが、この2年男子の反応は違っていた。

「むしろこの場にお前以外の女子がいるのか?」

 この場にいるのは、珠希、星河、質問者の2年男子だけだ。足元には珠希ロネックスがブチのめした名も知らぬ3年男子3人が転がっているが、冗談を吐くでもなく、視線をまっすぐ珠希に向けて問いかけてくるこの2年男子に少なくとも悪意はなさそうだと感じた珠希は、この場を取り繕ってくれるであろう恩義に応えるべく、素直に答えた。

「……珠希。竜門珠希です」

「竜門……、珠希」
「それじゃ、あたしたちはこれで」

 簡潔に、端的に、できるだけ感情を排除してそう言い残すと、珠希は自分の名前を反芻する2年男子から視線を外し、自分の手を握る星河の手を握り返してその場を後にした。
 同い年の異性を相手にこの手を離すまいと握ったのはもう10年くらいぶりであることも、握り締めた星河の手の温度が若干自分よりも冷たいことにも気づかず、そして――。

「……竜門珠希? まさか、あのとき(・・・・)の――?」

 その場に一人残った2年男子がひとりごちた言葉も、耳に届かないまま。





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