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月に咲く桔梗
第3話
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 彼女は青山美月というらしい。『禁固三年』の高校二年生で、高一の頃はほとんど図書館に訪れていなかったのに、先日あった中間テストが終わってからは毎日顔を見せている。借りる本は決まって浅田次郎で、随筆や洋書も時たま借りているようだ。

 望海は実は変質者じゃないのかと思われがちだが、これも副委員長の役職に就くにあたっての努力の一環である。生徒たちの図書館利用を促進させるためにも、根強いリピーターを作らなくてはならない。生徒ひとりひとりの傾向を判断し、カウンターへ訪れた時にオススメの本をさりげなく紹介すると、利用者はその時は借りずとも「次に来た時にでも借りようかな」と、心の片隅にその本の存在をしまっておくものである。読み終えて返すとき、あるいは面白そうな本を調べているときに「そういえば」と自発的に思い出させることが大事なのだ。

 利用者リストを隙間なく把握することは無理にしても、リピーターになりそうな生徒ぐらいは覚えることはできる。もっと言えば、望海の学業成績をもってすればそれぐらいはたやすいことだ。約三百人いる『懲役六年』の生徒の中でも、常にトップ集団に属していて、決しておごることのない彼女を『月姫のミネルヴァ』と呼ぶ者もいる。

 そんな望海にも友人と遊びたいと思うこともあるし、小遣いだけでは手の届かないものを欲しいと思うこともある。もちろん、二人きりで話し合えるような彼氏がほしかったりもする、ごく普通の高校二年生の女の子である。ただ、買いたいものが実は数千円する洋書だったとか、語らう内容が国際情勢や政治思想についてだったりするのは、非常に望海らしい。

 こうして望海はバイトをしようと決意したものの、彼女の父親は当初、一人娘の切り出した話にいい顔をしなかった。だが、彼女の目的が件のようなものであると知ると、社会勉強の一環にもなるだろうと思って態度を一変させた。

 ただし、彼は望海に対して一つ条件を付けた。「自らの知識を最大限利用して出来るようなもの」というものである。要はファミレスやコンビニでのバイトは却下したのだ。もちろん、望海もそのようなバイトをするつもりは毛頭なかった。彼女は花を愛でるのが好きだったので、前々から募集の張り紙がされていた、もぎ取り坂の途中にある『モーント』で働くことにした。

 花を愛でるのと実際に売るのは別である。顧客ごとに異なるシチュエーションに合わせて花束をアレンジし、それが予算内に収まるようにしなくてはならない。当初は「花を適切に扱えるようになるまでは」と花束を作らせてはもらえなかったが、勉強と同じくコツコツと働き続けていた甲斐もあって、中間テストの一週間前あたりに晴れて免許皆伝となったのである。

 望海は張り切った。自分の働きを認められたことは、学業について褒められた時よりも新鮮で嬉しいものだ
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