第3話
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を見ているような、そんな侘しさを感じていた。
玄関の戸をあけると、真っ先に愛犬のエドワードが駆け寄ってくる。彼はコーギーの雄で、「さあ、なでろ、兄弟」と言わんばかりにおなかを見せつけてくる。浩徳がエドワードをわしゃわしゃと撫でリビングへ向かうと、キッチンから部活終わりの学生の食欲をそそる、香辛料のいい匂いがする。その元をたどった目線の先には、父の健が立っていた。なぜ陽気な性格が浩徳に遺伝しなかったのか、不思議になるくらい陽気な父親である。どうやら夕飯を作っていたようだ。
「おう。ヒロ、おかえり」
「ただいま。昨日は泊まりだったんだ」
「ああ。だから今日は俺が夕飯を作ってる」
「楽しみにしてるよ」
そう言って浩徳は二階の部屋に向かった。いつもより疲れたせいであろうか、二階へ上る階段がやけにきつく感じた。部屋に入ると、彼は着替えぬままベッドに飛び込んで眠ってしまった。
夕方六時、母親の美智子が仕事から帰ってきた音で浩徳は目が覚めた。彼女は海外貿易を仲介する業界では名の知れた商社に勤めている。名門私立女子校を出て一橋大学で経済学を学び、丸の内のオフィス街で現在の地位を得た、冷静沈着なキャリアウーマンである。高卒で鉄道会社に入社し、新幹線を動かすまでストレートで上り詰め、今まで東京と地方を何度も往復してきたベテランの健とは正反対であった。
変な風にしわが出来てしまったを脱いで部屋着に着替えた浩徳は、階段を下りて食卓へと向かった。
「あら、ヒロちゃん。帰っていたの」
美智子の問いに浩徳は軽くうなずいた。
テーブルには華やかな料理が並んでいる。こんな料理が週に一度は食べられるのだから、ずいぶんと豪勢なものである。元祖料理男子の夫が作る料理は家族の自慢であった。
すでに席についていた優佳が
「お兄ちゃん、片山結月って子、知ってるでしょ」
と尋ねた。浩徳は椅子に手をかけたまま、目を大きくさせている。
「うん。道場の後輩だけど」
そう話す浩徳に優佳は納得した表情で「やっぱりー」と声を上げると、学校であった出来事をべらべらと話し始めた。話を聞いた浩徳も
「じゃあ、今日見たのは間違いじゃなかったんだな」
と、しみじみと頷いていた。先輩への一途な思いを抱いた少女の話は、こうして色とりどりの食卓に花を添えたのであった。
夕食後、自室のベッドの上でくつろいでいる浩徳のもとに、顔をてからせた優佳がやってきた。手を後ろで組んでいる。こういう時は大体お願いをする時であると浩徳は知っている。どうせ優大と結月の事だろうと考えた。
「かたやまちゃんとマツさんなんだけどさあ」
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