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幻影想夜
第ニ十三夜「影踏み」
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なことを面と向かって言われると恥ずかしい…。
 仕方無く片手で口元を抑え、外方を向いて彼女へ返した。
「お前…俺なんかのどこが良かったんだよ…。」
「…走ってるけんちゃん、本当に素敵だったんだよ…。みんなと笑ながら走り回っているけんちゃんが…私、本当に好きだったの。それでね、私が引っ越すことになった時、それが初めての特別な“好き"だって、気付いたの。でも…言えなかったんだ。」
「で、わざわざそれを言いに?」
「違うの。そうじゃなくて…」
 そこでまた会話が途切れた。
 俺は相変わらず、彼女が何を言いたいのか分からずにいた。
 俺は最初、愛季子が見合いの前に遣っておきたい何かを頼みたいのだと考えていた。でも、どうやら的外れな様だ…。
「えっと…なんと言うか…私、今までお付き合いした男性全員に、こう言われたの…。“前の彼氏の代わりは出来ない"って…。初めてお付き合いした人にもそう言われてて、それで気付いたの…。私、けんちゃんの面影を追いかけてたんだなって…けんちゃんじゃなきゃダメなんだなって…。」
「え…?えっと…それって…」
「あの…嫌じゃなければだけど…私と本気でお付き合いしてほしいの!」
「…っ!?」
 言葉に詰まった。あれから十数年…俺も愛季子も別々の道を歩んで来た。俺にも様々な出来事があり、愛季子だって同じな筈だ。でも、それでも…俺が良いんだと彼女は言う。
「あのさ…俺、あんま金無いし、職業だって稼げる職に就いてる訳じゃない。」
「知ってるよ。」
「それに…両親も逝っちまってて…」
「知ってるよ。」
 愛季子は静かに答えた。もう知っていて覚悟を決めて来たみたいに…。
「それでも…俺が良いのか?」
「うん。けんちゃんが良いの。」
 愛季子は…真っ直ぐに俺を見て返した。
 全く…こんなとこでする話かよ…俺はそう思って苦笑すると、愛季子はムスッとふくれて外方を向いた。
「何も笑わなくったって…。」
「いや…ゴメン。」
 俺はそう言いつつ、そんな愛季子が可愛いと思った。しかし、俺は俺で、やはりあの時とは違っている。
 でも…。
「なぁ…苦労するぞ?」
「うん。」
「それでも…一緒に居たいのか?」
「居たい。」
 真っ直ぐに見つめた彼女の瞳に、俺は軽く溜め息を吐いた。
 その時、ふと幼い時の光景が脳裡を掠めた。

- つかまえた! -

 あぁ…捕まっちまったな…。
「俺もお前が好きだよ。少しずつ…時間を埋めて行こう。」
 俺がそう言うと愛季子の目から涙が零れ、その顔はあの懐かしい満面の笑顔へと変わった。

 もう、鬼はいない。
 でも、もしいるのだとしたら、それはとても幸福な鬼なのだろう…俺は、そう思った…。




        END




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