32部分:第三十二章
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第三十二章
無数の悪鬼達がいた。漆黒の影を思わせる姿をしておりそれが船長の周りを動き回っている。そのうえで何かを叫んでいた。
「御前の娘はだ」
「御前の娘ではない」
「他の男の娘だ」
こんなことを言っているのだ。
「只の連れ子ではないか」
「それが何故実の子なのだ」
「どういうのだ?それは」
船長は項垂れたまま彼等に問うた。
「あの娘は俺の」
「いや、違う」
「違うぞ」
こう船長に言ってきていた。
「それは全く違う」
「血のつながりがなければだ」
「何にもなりはしない」
「所詮は血だ」
「血故にだ」
悪鬼達は言い続けてきていた。
「御前はあの娘の父親にはなれない」
「御前がどれだけ愛そうともだ」
「実際にだ」
鬼達がここで言うとであった。不意に異変が起こった。
何と船長の前に一人の白い服を着た楚々とした奇麗な少女が現われてきたのだ。少女は船長の前に無言で立っている。
「絵里奈・・・・・・」
「御前の娘だな」
「しかし御前の娘ではない」
「それを言っておく」
悪鬼達はまた船長に言ってきた。
「この娘も御前のことを愛してはいない」
「愛する筈がない」
「その通りだ」
そのことを何度も言ってみせるのである。船長の周りを跳ね回りだ。それはまさに悪魔が人を愚弄し悪の道に誘う、そうしたものであった。
そしてその中でだ。娘はただ無言で立っているだけだった。まるで影の様に動かない。しかし悪鬼達はその娘を指差して言うのだ。
「所詮は連れ子」
「御前を愛する筈がない」
「それでもなのか」
「それがどうかしたのかしら」
ここで、であった。沙耶香は彼等の前に来てだ。そうして一言言うのだった。悪鬼達も彼女に顔を向けて動きを止めていた。
そのうえでだ。今度は沙耶香の周りに来て問うのだった。また口々にだ。
「何だ御前は」
「何者だ?」
「見ない顔だが」
「当然よ。私は貴方達とは違う世界にいるのだから」
悠然としたままで言葉を返す沙耶香だった。
「それでどうして貴方達が私を知ることになるのかしら」
「ふん、貴様の言っていることは矛盾しているな」
「それはだ」
沙耶香の言葉尻を捉えての言葉だった。
「我等が貴様の世界に来ればそれでだ」
「貴様を知ることができるではないか」
「それで何故だ」
「そう言うのだ」
「言葉のあやよ」
こう返すだけの沙耶香だった。まるでそれが何でもない様にだ。こう言ってみせてそれで終わらせたのであった。
「さて、それでは」
「それではだと?」
「どうするつもりだ?一体」
「まさかと思うが」
「我等とか」
「そうね。面白いわね」
沙耶香はその悠然とした笑みのままで述べてだった。
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