暁 〜小説投稿サイト〜
逆さの砂時計
忘却のレチタティーボ 1
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 無い物ねだりのフリ。
 全部フリ。
 どこにでも居る普通の人間のフリをしてるだけだ。
 上滑りしていく毎日が、何事もなく通過するだけ。

「……帰ろ」

 外はきっと、夕陽で真っ赤に染まっている頃だ。
 最近、貯金をはたいて購入した木造一戸建ての我が家には、甘いお菓子を山ほど買い置きしておいた。
 今晩は夕飯を抜いて、お菓子の宴でも開こう。
 ごめんね、お母さん。不摂生で。

「ステラ」
「? はい?」

 廊下を少し進んだところで、管理室の扉を開いた室長が私に声を掛けた。
 なんだろ、珍しいな。
 そちらを見れば、管理室に鍵を掛けてスタスタと歩み寄ってくる。
 移動、速し。
 足、長い。

「送る」
「は?」
「君は最近、一人暮らしを始めたと聞いた。夜に女性の一人歩きは危険だ。家まで送ろう」
「え? な、なんで……」

 引っ越しについては、同期の女性数人にしか話してなかったからねえ。
 話の出所は、探るまでもないんだけども。
 何故にこんな、いきなり?

「そんな、お手数をかけるわけには」
「家の手前までだ」

 あ。送り狼を疑ってると思ったのかな?
 そんな心配しちゃうほど自惚れてはおりませんよー。
 当方、彼氏いない歴は長いもので。
 異性の目に魅力が無いのは重々承知しております。

 てか、私が異性でも、私に声を掛けようとは思わんだろうな。
 同性にも魅力無し。
 残念すぎる。

「そういうことではなくて、ですね。私、まっすぐ帰るつもりは」
「知っている」
「へ? って、室長!?」

 またしても腕を引かれて、職場をズンズンと離れていく。

 なんだなんだ、何事なんだ?
 すれ違う人達に、めっちゃ見られてるんですけど!?
 職場に入る時ならともかく、帰りにこれはやめてくださいよ!
 貴方、自分の容姿を再度確認して?
 女性の『うらやましー目線』が全部こっちに来るんだってば!
 無駄に敵を作りたくないのよ、私。
 見目良い男の傍に居ても赦されるのは、欠点知らずの美女だけ……って、女社会の謎規則、守らせてーっ!

「わっ……と」
「あ、すみません!」

 書蔵館の総合入り口で、よろめいた拍子にお客様とぶつかってしまった。

 って、これはまた、綺麗な顔の男性だな。
 室長は格好いい系美人だけど、この男性は中性美人さんだ。
 首筋でまとめた長い黒髪と金色の虹彩が、なんというか神秘的。
 全身真っ白な服装ってのが、より綺麗さを引き立ててる。

「いえ、失礼しました」

 男性は少し驚いてから、にこっと笑って書蔵館に入っていった。
 もうすぐ閉館なのにな。
 こんな時間に来るお客様なんて珍しい。

「行くぞ」

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