case.5 「夕陽に還る記憶」
\ 同日 PM4:07
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と言うよりも、寧ろ素朴で家庭的な柔らかさを持っている。初演時、これを初めて聴いた信者達は、一体どんな風に感じただろう。音を…きっと身近に感じたに違いない…。俺はそんな風なことを思いつつ、次に演奏する曲を決めていた。
その時、外から一際大きな声が上がった。それは叫びと言うよりも、寧ろ怒鳴り声だった。
「止めろ!糞共め!邪魔しやがって何様のつもりだ!」
その声はそういった罵声を上げながら、徐々にこちらへと近付いていた。汚ならしい言葉遣いだったが、その声は間違いなく…栗山亜沙美のものだった。
音楽は終わり、皆はその声に耳を立てた。大半は不思議そうに互いの顔を見合わせていたが、田邊と美桜は違った。二人は俺の所へと来ると、不安げ表情を浮かべながら言った。
「先生…。あれ、栗山さんの声ですよね…?」
「お兄様…。これって…本当に大丈夫ですの?」
二人の不安は解る。だが、ここで引き下がっては意味がない。それどころか栗山亜沙美だけでなく、他にも犠牲者が出るかも知れないのだ。
「大丈夫だ。だが、ここへ栗山亜沙美…いや、今は栗山虎雄の記憶が刷り込まれている可能性があるな。兎に角、ここで暴れられても困る。」
俺がそう二人に言うや、ホール内に女性の声が響いた。
「俺が来ちゃ困るってのか?」
その声に、皆が凍り付いた…。
「栗山…さん?」
恐る恐るではあったが、栗山亜沙美の一番近くにいた第一ヴァイオリンの長野敬子が口を開いた。だが、栗山はそれに答えることなく、ニタッと笑みを浮かべながら手を振ると、長野はその場から数メートル弾きとんだ。
「バカ共め!そんなちんけな演奏で、この俺に勝てると思っていたのか!」
これは…栗山亜沙美じゃない…。初期段階ではあるが、既に暴走が始まっている…。
「田邊、美桜。二人は全員を外へ出せ。」
俺が二人に指示するが早いか、栗山…いや、それの口を借りている霊が叫んだ。
「逃がすもんかよ!ほら…皆死ねばいいんだよ…。」
霊がそう言うや、扉も窓も全てが閉じた。まるで映画でも見ているような気分だが、これは現実だ…。
「誰から…」
霊がそう言って辺りを見回した時、俺は思い切ってオルガンに手を滑らせた。どこまで通用するかは分からないが、生徒よりは霊の気を引けはするだろう。
「止めろ…止めろ!」
後ろから霊が叫んだ。と同時に、肩や腕に痛みが走ったが、俺は演奏を止めはしなかった。
俺が演奏した曲は…バッハのコラール幻想曲“おお装いせよ、汝わが魂よ"だ。バッハ晩年の作品で、後世の作曲家メンデルスゾーンも絶賛した有名なコラール編曲だ。
メンデルスゾーンは友人に宛てて、手紙でこのコラール編曲について書いている。自らの知恵や才能、信仰心が喪われようと、このコラールだけで全てを取り戻せると…。
霊は演奏
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