case.5 「夕陽に還る記憶」
[ 同日 PM3:38
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(あめのひびき)」とは造語だが、中心から天へ音が昇るような…そんな効果を求めていたようだ。一体、どんな目的で建造されたかは謎で、きっと天宮氏にも分からないだろう…。この大学が完成した直後、先代は老衰で他界し、全実権を天宮氏は手に入れた。だがそんな彼も、先代が残した不明瞭な足跡を全て知り得るには未だ時が足りないのだ…。
「そんなわけだから、音響に問題はないさ。それでだ…真中君。君、テノールもやってたよね?」
「…まさか…僕が歌うんですか…?」
たまに主役を回したのに…露骨に嫌な顔をされた。まぁいい…これも経験の内だ。
「器楽奏者が声楽を担当するのは、別に不思議じゃない。リコーダー奏者のハンス=マルティン・リンデも、そのテノールで素晴らしい歌唱を披露していたことだし、真中君、出番だ。」
「先生…どんな理屈ですか?僕の声楽での専門は、ルネッサンス歌曲ですよ?まさか…バッハなんて言わないですよね?」
あぁ…なんか後退りしてるよ…。そんなに歌うのが嫌なのか?いや、一回彼の歌曲を聴いたことがあるが、彼の声は透き通るような伸びやかな響きがある。折角だし、これを使わない手はない。
俺達がこうしている間も、周囲はてんやわんやの大騒ぎだった。中心からはかなり離れているものの、それでもそのドタバタは耳に入ってくる。
そんな中、俺達の周りには三十人近く人が集まっていて、自らの役割を待っていた。ふとその中に、同僚の教授がいることに気付き、俺はその教授を呼んだ。
「岡田教授、ちょっといいですか?」
「藤崎…君に教授なんて呼ばれると…気味が悪い。で、何をしろと?」
こっちも露骨に嫌な顔をしてるな…。ま、いいか。
「詳しく説明してられないから手短にいくが、要は指揮を頼みたい。」
「はぁ?お前が指揮をするんじゃないのか?ってか、曲目は決めたのか?」
「ああ。これだけ人数が居れば結構な演奏が出来るが、今回はカンタータの82番にする。俺はその前後にオルガンを演奏するから、カンタータの通奏低音も同時にやるよ。」
「82番って…元来バス独唱のカンタータじゃないか。テノール稿なんて楽譜が用意出来ないだろ?」
岡田が溜め息混じりにぼやいた。
バッハのカンタータ第82番は、最初教会用としてバス独唱で作曲されたが、バッハこのカンタータを気に入っていたようで、何回も再演してはそのつど手を加えていたため、異稿が多い作品の一つになっている。バッハの二番目の妻、アンナ・マグダレーナに贈った音楽帳には、このカンタータの第2、3曲をソプラノ用に改作したものも記入されていて、彼がどれだけこの作品を気に入っていたかが窺える。マグダレーナも元は宮廷ソプラノ歌手だったから、マグダレーナもお気に入りだったのかも知れないな。
いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃなかった…
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