case.5 「夕陽に還る記憶」
Z 同日 PM2:45
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の?」
「大丈夫だ。」
「私もやりますわよ。まだヴァイオリンの腕は落ちてませんし。」
「そうだな。」
俺はそう言って苦笑し、窓から空を眺めた。うっすらと夕陽の紅が空の青に掛かり始めていたが、夕と言うにはまだ早い。
「先生…栗山虎雄についても書いてあります。」
「何だって!?養子であるはずの耕介が、どうして朝実の実の父のことを…?」
「これを読む限りでは、どうも小野夫妻が亡くなった後、耕介氏自身が調べたようです。恐らく、朝実の墓の近くに埋葬場所を移動させたのを気にかけていたんだと思います。」
田邊は淡々と話を進めた。柳原家は名門で大富豪…その当主となった耕介は、あらゆる手を使って情報収集したに違いない。
栗山虎雄は、佐吉さんが話してくれたようにピアノを得意としていた。今は貴族ではないが、当時の栗山家は小野家と同等の地位にあった。その家の長男として生まれた虎雄は、何不自由なく育てられた。
彼が四歳の時、その父である兼光がドイツからピアノを運び、毎夜サロンを開いていたのが切っ掛けとなって虎雄がピアノに関心を持ったようだ。
だが、兼光は虎雄がピアノに触れることを許さなかった。
「当時の日本で、ピアノなんてのは道楽でしかありませんでしたし…。まさか次期当主になる長男に、それを学ばせようなんて有り得ませんからねぇ…。」
だが、虎雄は父が留守にしている間、隙を見てはピアノに触れるようになり、数年後にはモーツァルトやベートーヴェンなどを暗譜で演奏出来るようになっていた。それを知った兼光は、当初は怒りの余り勘当を言い渡した程だったが、その演奏を聴いて驚き、その後にようやく本格的に音楽を学ぶことが出来たのだった。
「でも…そんな天才がいたのだったら、どこかに記録が残ってるものじゃないかしら…?」
美桜が不思議そうに首を傾げて言った。
確かに…俺も栗山虎雄の名前は全く知らなかった。十代に入る前に、そんなに演奏出来たのであれば…世間が放っておかないだろうが…。
「それには理由があるんですよ…。兼光氏は音楽を学ぶ条件として、二十歳まで人前で演奏しないことと、それまでに二年の兵役をすることを虎雄に課したんです。貴族ですから、ともすれば兵役はしなくても済んだんですが、兼光氏は家を継ぐ前は海軍に所属してましたから、息子にも経験を積ませようとしたんでしょう。ですが…これが仇となったんです…。」
「なぜだ?」
「駐屯した場所で結核が蔓延し、その土地で亡くなったからです…。」
俺と美桜は言葉を失った…。これは…朝実にも共通するんじゃないか?いや…もしかしたら、朝実も犠牲者なのでは?朝実の思いは、まるで実父である虎雄の思いが写されたもののような気がして、俺は寒気を覚えた…。
まさか、自分の娘が自分の遺した想いに殺されるなんて…彼は考えも
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