case.5 「夕陽に還る記憶」
Y 3.8.PM9:22
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だった。どうやら、触れられたくない家庭の問題なのかも知れないが、俺達も口を挟まず、そのまま話を聞くことにした。
カネさんの話では、朝実は当時の小野家の主人、秋吉の実子ではなかった。実の父親は、母であるトミイと将来を誓っていた栗山虎雄との間に出来た子供で、虎雄はそれを知ることなく病で他界したのだという。
では、何故小野秋吉の実子になっているかと言うと、この秋吉、トミイ、虎雄の三人が幼馴染みであることに由来しているのだ。虎雄とトミイは互いに好いていたが、秋吉はそのトミイに片想いしていた。秋吉はその想いをひた隠しにしていたのだが、虎雄が亡くなって直ぐ、トミイから妊娠していることを知らされ、それが虎雄との間の子供であることを知りつつ、自分の子供と偽って結婚したのだ。
当時、結婚前に子供が出来てしまうのは、かなり問題視された。現代でもそうだが、当時は現代のそれとは比較にならない。故に、秋吉はトミイの身籠りは自分の責任とし、大々的に挙式したと言う。それは、自分に非難が集中するようにわざとやったことだが、これが善い結果を招いた。
最初は眉を潜めていた親戚なども、秋吉の実直な性格や妻への揺るぎない愛に心打たれ、一方のトミイもその想いに報いるべく、生まれた娘をあやしながら懸命に家と夫を支える姿は、良妻賢母を絵に書いた様だったという。それ故に、周囲の者達はしだいにこの夫婦へ好感を持つようになったのだと。
「私が小野のお家へ上がらせて頂きましたのは、私が十三でお嬢様が十一の時で御座いました。私の方が幾分年上で御座いましたため、お嬢様は私を姉のように思って下さっていたようです。」
カネさんは当時を思い出し、色々と語ってくれた。だが、そこから聞いてとれるのは、どれも優しさに満ちたものばかり…。あの栗山亜沙美の口から語っていた記憶や感情が、どうして生まれたのかが分からなかった。しかし、終りにきて、それがようやく分かったのだった。
「…ですが、肺を患ったお嬢様を、旦那様は見向きもされませんでした…。旦那様はお嬢様を病院へと送って後、ご自身は海外へと行かれてそれきり…。奥様も旦那様と共に行かれたため、お嬢様が亡くなったことは半年近くも後に知ったのです。結局、お嬢様は病院に入られて以降、二度とご両親の顔を見ることはなかったのです…。肺病は感染するといい、旦那様は親戚一同に面会を許すことなく海外へと行かれたため、お嬢様はお一人、病院の淋しい病室で息を引き取られたのかと思うと…。」
カネさんは涙をハンカチで拭いながら、そこまで静かに語ってくれた。だがその静けさを、俺の携帯がうち壊した。俺は「ちょっと失礼します。」と言って、鳴り止まない携帯へと出た。
「もしもし…」
「先生、大学が大変なことになってます!」
向こうから聞こえてきたのは、楽団にも所属している真中の
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