case.5 「夕陽に還る記憶」
Y 3.8.PM9:22
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は違って完治出来る。死に至る病ではなくなったんだ。
しかし、昭和初期では未だ不治の病で、感染を恐れて多くの人々が隔離病棟の中でひっそりと亡くなった。中には家で養生させる者もいるにはいたが、一般庶民にそんな広い家があるはずもなく、かといって資産家が全て家で看病していたわけでもない。
故に、患者が溢れるようなことがあれば、身分に関係なくベッドが並んでいたこともあっただろう…。
「わしゃ、今でも覚えとるよ。嬢ちゃんからの手紙に、音が欲しいと書いてあったことを…。わしは面会すら出来なんで、どうしてやることものぅ…。」
「音が…欲しい…?」
佐吉さんの言葉に、美桜が首を傾げて聞き返した。佐吉さんはその問いに、目を閉じて何かを思い出すかのように語り始めた。
「嬢ちゃんは大の音楽好きじゃった。特に、当時ではまだ目新しかった西洋の音楽は、嬢ちゃんのお気に入りじゃったよ。演奏会があると聞けばそこへ行き、家でもピアノをわざわざ外国から取り寄せてもらって、一から習っておった程じゃ。当時の小野家はかなりの資産家じゃったから、それくらいは容易かったじゃろうが…。流石にのぅ…病になって病院に入っては、好きな音楽を聴くことも奏することも出来なくなってしもうた。兄は兄で世間体を保たにゃならず、四苦八苦しとったようじゃが…。嬢ちゃんが病院に入って直ぐ、わしゃこちらへと来てしまったから、その後の詳しい状況までは分からんのじゃ…。」
佐吉さんがそこまで語り終えると、カネさんが何かを思い出したように机の引き出しを開き、何かを取り出して佐吉さんへと渡した。
「旦那様。お嬢様の手紙の中に、これが一緒に入っていたではありませんか。」
「おお、そうじゃったな。カネさん、ありがとう。」
そう言って俺達の前に広げて見せたのは、手書きの楽譜だった。俺と美桜はそれを一目見るなり、驚いて声を上げてしまった。俺達の態度を見て、田邊や佐吉さん、それにカネさんもキョトンとした表情で俺と美桜を見ていた。
「どうしたんです?」
暫くして田邊が不思議そうに聞いたので、俺と美桜は顔を見合せて頷き、先日あったFAXのことを話して聞かせた。この目の前にある楽譜は、間違いなくFAXで送られてきた「悲愴ソナタ」の楽譜だったのだ。
「そんなことが…あるんかのぅ…。」
佐吉さんは感慨深げにそう言っていたが、その後ふと、カネさんが口を開いた。
「朝実お嬢様は、お気に病んでおられたのかも知れませんねぇ…。」
俺達だけでなく、佐吉さんもその言葉に首を傾げた。カネさんはそれを気にすることなくそのまま語り続けたが、その内容には驚くべきものがあったのだった。
「朝実お嬢様は…養子で御座いました。戸籍上は実子となっておりますが…。」
カネさんの最初の発言に、佐吉さんは顔を曇らせて俯き、後は話を聞くだけ
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