暁 〜小説投稿サイト〜
藤崎京之介怪異譚
case.5 「夕陽に還る記憶」
U 2.26.AM10:47
[1/5]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

「藤崎教授、わざわざお越し頂き恐縮です。娘がどうしても呼んでほしいと言うもので、不躾ながら御電話させて頂いた次第でして…。」
 俺を出迎えてくれたのは、この家の主である栗山明臣氏だった。
 実は昨日、智田からこの家の話を聞き、俺は目を丸くしたのだ。この栗山明臣氏は、世界でもトップクラスのチェリストなのだ。栗山と聞いて直ぐに思い出せなかったが、俺も何度か演奏を拝聴したことがある。そんな明臣氏に、俺なんかが「教授」なんて呼ばれる立場にないのだが…。
「栗山さん、私のことを教授なんて呼ばないで下さい。貴方のような高名な方にそう呼ばれるのはちょっと…。」
「いやいや、貴方の論文を読ませて頂きましたが、とても素晴らしいものでした。教授と呼ぶに相応しいと思っておりますよ。」
「教授は兎も角として…どれをお読みになったのですか?」
「クラヴィーア練習曲第三部についてのものです。あの論文を読んで、私はあの四つのデュエットはオルガンで演奏されるべきだと考え直したのですよ。」
 これは驚きだ…。あれはオルガニスト向けに書いたつもりだったんだが、弦楽奏者の彼が読んでくれていたなんてな…。
「これは…ありがとうございます。」
「いや、私は元来オルガンの音色も好きでして、バッハの無伴奏を演奏するときなどはオルガンを聴いてから演奏することもあるくらいですよ。あっと…これは失礼しました。さぁ、中へお上がり下さい。」
 ここはまだ玄関で、俺は未だ靴すら脱いでいない。明臣氏は自分の失態に気付き苦笑しつつ、俺を家の中へと招き入れたのだった。
 栗山家はかなり大きく、部屋数もかなりあるようだったが、その大半は防音の施された練習用の部屋のようだった。
 そんな中を暫く行くと、明臣氏に広い部屋へと招き入れられた。どうやら応接室らしいが、俺は中央にあったソファーを勧められて腰をおろした。明臣氏は娘である亜沙美嬢を呼びに行ったため、俺は飾られていた絵画などを暫く眺めていたら、そこへ別の扉が開いて一人の女性が姿を見せた。
「藤崎様、ようこそお越し下さいました。亜沙美は暫くしましたら参ると思いますので、それまでお茶でも召し上がっていて下さい。」
 彼女は明臣氏の奥方で、これまた有名なフルーティストである早紀夫人だ。無論、現代フルートを演奏しているが、彼女の録音したヘンデルやヴィヴァルディのフルート・ソナタ集は、音楽誌でもかなりの好評を博していた。
「いや…恐縮です。私のことは呼び捨てで構いません。様など付けて頂ける程の身分じゃありませんので。」
 俺が頭を掻きながら困ったように言うと、早紀夫人はお茶を注ぐ手を止めて目を丸くしながら言った。
「とんでもありません。藤崎様のCDを聴かせて頂きましたが、私、その演奏で藤崎様のファンになったのですよ?あれは…バッハのカンタータ第
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ