暁 〜小説投稿サイト〜
藤崎京之介怪異譚
case.5 「夕陽に還る記憶」
T 2.25.AM10:55
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・バッハの鍵盤楽のみでしたが、私は声楽とオーボエ属の楽器を専攻しておりまして、出来ましたら宗教曲、カンタータなどのお話を伺えましたらと思いまして。」
「どういうことが聞きたいんだい?まぁここではなんだから、食堂にでも行きますか。」
 立ち話もどうかと思い、俺が彼女を食堂へと促した途端、これがまた次から次へと質問者が続出し、仕方無く十数名と共に食堂へと向かうことになったのだった。
 彼らは皆バロック時代の楽器を専攻しており、それなりの知識も経験もあった。それぞれ別の楽器を学んではいたが、大半は声楽曲の演奏についての質問だった。
「バッハの声楽作品は、やはり複数人数で演奏すべきでしょうか?それとも、OVPPでの演奏が良いのでしょうか?以前、リフキン氏の論文を読みましたが、どうも今一つ納得がゆかないもので…。」
「そうだね…。各パート一人によるOVPPは、バッハの時代では当たり前だったけど、バッハ自身、それをただ当たり前とはしなかったと思うよ?彼のカンタータは、再演ごとに手を加えた形跡もあるし、合唱の人数も場所に応じて加減した可能性は捨てきれない。世俗カンタータなんかは、その大半をツィマーマンのコーヒー・ハウスで演奏してたから、もしかしたら複数人数だった可能性は高い。演奏したい学生も多かったと思われるし、バッハもそれを期待していた筈だしね。」
 最初の質問に、俺は持論を踏まえて答えた。だがその答えに、今度は別の学生が質問してきたのだった。
「しかし、当時の教会音楽はOVPPが通例だったはずですから、バッハもそれに従っていたと考えられますよね?」
 うん…こうなると話が長くなりそうだな…。歴史背景や習慣は、書類上でしか確認しようがない。バッハに至っては楽譜に細かい記載がないため、タイムマシンでも作って聞きに行くしかない…。
「彼はそういう古い慣習を踏まえた上で、より新しく良い音楽を求めていた。カンタータだけじゃなく、受難曲やオラトリオなどにも実に様々な試みが成され、その中で声楽を増やすことを考えなかったとは思えない。まぁ、初期のカンタータなんかは完全にOVPPだと言える作品もあるが、実際のところ分かってないのが現状だよ。」
 その後も延々と話は続くが、その中でふと、最初に質問してきた栗山と名乗った女性が不可思議な言葉を口にし、俺も周囲の皆も一様に彼女を見たのだった。
「昨年、東京音楽学校で催された音楽会でのものは、とても宜しかったですわね。特に、ゼバスチャンのクレドは素晴らしい演奏でしたわ。私も初めて耳にしましたが、皆様は行かれましたか?今年もゼバスチャンの作品を取り上げて欲しかったのですけど、別の作曲家の作品でしたので…。」
 その場は一瞬静まり返り、皆は互いに顔を見合わせた。
 現在、彼女の言った“東京音楽学校"なるものは存在しない。東
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