1部分:第一章
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いる。窓の外の風景から目を離すことなく言葉を返した。
「九桁とは思わなかったのだけれど」
「些細な気持ちです」
「些細な、ね」
「このお話はお金の問題ではありませんから」
「それよりももっと大事な問題ね」
「そういうことです」
相変わらず男は振り向くことなく言葉を返す。見ればバックミラーでも沙耶香を見ることはない。ただ前を見据えて車を運転していたのだ。運転しながら話をしている。
「わかったわ」
沙耶香はそこまで聞いたうえで言葉で頷いた。
「どのみちお金は受け取ったし」
「宜しいのですね」
「この世界では契約は絶対だから」
その目は相変わらず窓の外に向けられているが心は違っていた。
「喜んでね」
「有り難うございます。あの方もお喜びになられるでしょう」
そうした話をしながら沙耶香を乗せた車は鎌倉の郊外を進む。そして一軒の古めかしい洋館の前で止まった。
正確には洋館を囲う壁の玄関であった。建物はあまりに大きく、まるで城の様であり庭も広大なものであったがそれを囲う壁はまるで城壁の様であった。
その門はまるでロココ式の様に壮麗であった。銀色に輝くその門の前で沙耶香は車から降りた。
「中には入らないのかしら」
沙耶香は共に車から降りてきた男に顔を向けて問うた。
「はい。それよりも御覧になって頂きたいものがありまして」
「何かしら、それは」
「庭にございます」
男は言った。そして門の端にあるボタンのスイッチを押した。
「どなたでございますか」
女の声が返ってきた。男はそれに応える。
「私だ。あの方を御連れしてきた」
「左様ですか。それなら」
「うん」
それに従う形で門が左右に開かれた。そして沙耶香を出迎えるのであった。
「こちらです」
男が手で門の中を指し示す。遥か彼方にあの洋館が見える。庭は左右対称であった。館だけでなく庭までもヨーロッパ式であった。
「車はどうするのかしら」
「他の者がなおしておきます」
「そう。じゃあこのまま中に入っていいのね」
「どうぞ」
「それじゃあ」
沙耶香は男に案内され玄関をくぐった。その足でそのまま先へ進んでいく。やがて彼女をかぐわしい香りが包み込んだ。
「この香りは」
彼女はその香りを知っていた。
「薔薇の香りね。しかも赤薔薇」
「おわかりですか」
「ええ。薔薇は好きな花だから」
そう言いながらその切れ長の黒い目をさらに細める。
「すぐわかるわ」
「ここにあるのは赤薔薇ではありません」
「他の薔薇も」
「はい。白もあれば黄色もあります」
男は語る。
「黒も。そして青も」
「青い薔薇も」
「左様です」
「本当に薔薇が好きなのね、あの方は」
沙耶香はそこまで聞いて今度はその紅の唇を微笑ませた。それは純粋
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