第四食
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とに非の打ち所が無いことと、私を真摯に見つめてくる目にその衝動は削がれ、しどろもどろに口を濁らせた。
お怪我が無くて良かったと安堵のため息と共に零しながら兄は落とした包丁を私に握らせると背後に回った。
流石に二度目は恐怖もいくばか和らいでいて放さず握ることが出来た。ふぅと思わず吐息が漏れたところで、今度はまったく違う驚きが背後から襲った。
「今度は僕も一緒に握りますからご安心ください」
そんな言葉と共に私の右手に少し大きな手が被さった。
「!?」
柄を握った指先までぴたりと覆った兄の手は僅かに硬かった。兄の掌は少し暖かく、その熱がうつり私の手の甲が温まる。誰もが崇めるように接してきた境遇だったから、こんなにじっくり手を握りこまれたのは生まれて初めてだ。
そして私と兄の体格に大きな差は無いため、私の背にも兄の体が密着する。手を伝う腕も、肩も、私の体のほとんどが服越しに兄と接していた。
今まで味わったことのない感覚と感情の奔流がパンクして、私の意識から放れた手が意図せず緩む。
あっと声が零れるより先に強い力が私の手と包丁を支えた。
「大丈夫ですよ。僕が控えております」
「あ、や、今のはちがっ」
「大丈夫です。大丈夫ですから」
刷り込むように耳元で優しく繰り返される声音にいちいち反応してしまう。感情が振り切ったのか露骨な反応が無くなった私を見計らって兄が正しい握り方をレクチャーする。
実際のところ初めての感覚があまりに多くて右から左に流れていたけど、元々知っていたのとすぐに手が握り方を覚えてくれたお陰で酷い間抜けを晒さずに済んだ。なお、握り方だけでなく違う熱も覚えてしまったけど。
常に顔に熱を帯びながら手ほどきを受けること一時間。調理を始める前の基礎固めは全て終了した。きちんと覚えているか確かめるテストも難なくクリアしたところだ。
「流石ですね……これだけの量をたったの一時間で……」
「そうかしら? これが普通だと思うわ」
「……三日掛かったなんて言えませんね」
「ま、まぁ、兄さんの教え方も一理あったんじゃないかしら」
私の何気ない返事で泣き出しそうな顔になった兄を見て、何故か狼狽しながら慌ててフォローを付け足した。いつもだったら「それは才能が無いからじゃなくて?」とか返しているはずなんだけど……、と自分らしくない発言に首を傾げながら次の教えを促そうと兄に顔を向けると、そこには目をまん丸に見開いた間抜け面があった。
「何か私の顔に付いてるの?」
「い、いえ、今僕のことを『兄さん』とお呼びになられたものですから……」
「……えっ? そうだったかしら……?」
言われてもそう言った覚えがまるで無い。たったの三秒で自分の発言を
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