第四食
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を就けることもできたが、今のえりなに必要なのはお前だと思ったのでな」
「自分が、えりな様に……?」
言葉につられるように顔を向く。えりな様は未だ怒りをお忘れになっていないのか顔を赤くして睨み付けてくる。
「それで、良いのかしら? 悪いのかしら?」
「……僕でよろしければ、是非もありません」
そう言うと、えりな様はぱっと顔を緩めて両拳を胸の前に作った。
僕はそのとき酷く驚いた。えりな様が笑ったところを初めて見たからだ。まともに顔を合わせた回数は少ないけれど、僕がその顔を見るとき、いつも氷の氷像のように無表情だった。万事に興味を持たない姫のように儚くも美しい顔だった。
だけど、同時にのっぺりとした無機質さも感じていた。表情を殺して、殺し続けて、被り続けた仮面のように感じた。その瞳が、あまりにも虚しい光を宿していたから。
だから、今目の前にある笑顔こそが、えりな様の本当の素顔なんだと思えたのかもしれない。
「……」
おじ様は人知れず、そんな僕を微笑みを湛えて眺めていた。
◆
翌日の昼下がり。兄の厨房にて。
「まず包丁の握り方を覚えましょう」
「実際に食材を切ってみましょうか」
「添える手は猫の手のように、軽く握りこむようにすると怪我の防止になります」
「にんじんの皮むきをしましょう」
「では様々な切り方を覚えていきましょう」
「調理器具の扱い方について説明します」
今まで自分の本心を隠し続けてきた私にとって、料理をしたいという本音を曝け出すことがとても恥ずかしかった。機械ではなく人間であるということを認めて欲しいくせに、人間の部分を見られて恥ずかしいと感じるのは我がことながら不思議でならなかった。
ともかく、恥を忍んで兄に料理の仕方を習うことになった私は早速教えてもらっていた。出された料理を正確に判定するには正しい知識が必要のため、ある程度の基礎はすでに固まっている状態だったから手取り足取り、というわけではない。
ただ、知っているのと実際に体験するのとでは話は別。例えば初めて包丁を握るとき、握り方や切り方は解っているものの、掌に伝わってくる重さやその刃の切れ味を知っているはずもなく、その初めての感覚が怖くて三秒と掛からず手を放してしまった。
「! 大丈夫ですか!? お怪我は!?」
「っ、大丈夫よっ。ちょっと驚いただけで大袈裟ね」
「お言葉ですがえりな様、こういった些細な事故が大怪我に繋がることもあるのです。もし包丁の落ちる先が足だったら、大袈裟な反応だけでは済まないのですよ」
物心が付いてから自分の言葉を否定されたことが少ない私は兄の注意に反抗しかけた。だけど兄の言うこ
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