A's編
第三十三話 後(2)
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さんが視線を合わせてきたのに合わせてはっきりと宣言するように答えた。その声にはっ、としたようにはやてちゃんは後ろを振り返って僕を見る。僕はその視線に応える。
―――それがあなたの遺言だ、とは言わなかった。
これが、昨夜、彼女に聞いた遺言だった。救われた魔導の器が最後に残す願い。それは言うまでもなく、主であるはやてちゃんのことで、彼女の遺言は、『主はやてを頼みます』だった。実に範囲が広いとは思われるが、結局のところ、リィンフォースさんにとって心残りとははやてちゃんの事だけなのだろう。
遺言は? と聞いた立場もある。僕はできるだけ彼女の遺言を叶えようと思った。いや、やっぱり違う。叶えようと思ったわけではない。言うまでもなく、リィンフォースさんの遺言は叶えられる。だって、僕とはやてちゃんは友人なのだ。友人を気にしないわけがない。まして、大切な人を失ってしまった友人を一人にするだろうか? 彼女の遺言は僕が望んでいることでもあった。だから、ある意味ではこれはリィンフォースさんからのお願いにはならないのかもしれない。
「ショウくん………」
どこか呆然としたように僕の名前を呼ぶはやてちゃん。僕はそんな彼女に応えるように、その不安に満ちた表情を少しでも和らげるために雪が積もった早朝の中、手袋もつけずに車椅子のひじ掛けに置いている手の上に重ねるように自分の手を重ねた。外気にさらされていた手はひんやりとしていたが、少し経てば僕の手と重ねた部分は暖かくなってくる。
そんな僕たちを見ていたリィンフォースさんは満足そうに笑い、頷いていた。そして、これで満足だ、と言わんばかりに踵を返すと、展開されている三角形の魔法陣の真ん中へと移動していた。
「主の危険を払い、主の幸福ために生ことが魔導の器としての存在理由です。主はやて、私はその本懐を果たさせてください。最善と言える方法で、あなたを守らせてください」
「リィンフォース………せやかて、せやかて………これからやないか」
朗らかに微笑むリィンフォースさんとは対照的にぽろぽろと涙を流すはやてちゃんは、嗚咽にむせびながらたどたどしく言葉を重ねる。
「ようやく、ようやく救われたんや………これからやのに………これから幸せにならなあかんのに………なんで消えるんて言うんや?」
他人のために流せる涙は美しい、とは誰が言った言葉だろうか。確かにはやてちゃんは泣いていた。それは、自分のためではない。リィンフォースさんがいなくなるという事実が悲しいというのは事実だろう、自分の力が足りずに不甲斐ないという気持ちもあるだろう。だが、一番強いのは、おそらく今まで不幸だった、そして、これから幸せになれるはずのリィンフォースさんが幸せにならずに逝ってしまうことを悲しんでいるのだ。
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