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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇
20部分:第二十章

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第二十章

「しかしそれを言っても貴女に詮無きことですので」
「私は誰にも縛られはしないわ」
 速水に対して述べる。
「わかってくれていると思うけれど」
「わかっていますよ」
 速水も彼女にそう返す。
「では。楽しんで来られて下さい」
「貴方は相変わらずなのね」
「残念ですがね」
 右目だけで苦笑いを浮かべていた。
「私は奥手で一途ですので」
「損ね」
 くすりと軽く笑う。
「その性分は」
「何、これでも自分では気に入っているのですよ」
 また笑みを浮かべて沙耶香に言葉を返す。
「私の性に合っていまして」
「ならいいわ。それじゃあ」
 すっと前に出て別れる。
「またね」
「ええ、夜に」
「それでわかることを期待するわ」
「それは御安心を」
「安心していいのね」
「私の占いは御存知の筈です」
 自信を以って言葉を返す。こと占いにかけては速水の腕は誰にも負けないものである。それは彼も沙耶香もわかっていることであった。
「ですから」
「期待させてもらうわ。それじゃあ私は」
「スペインの花を摘みに」
「積んだらそれで全ては終わりね」
 思わせぶりな笑みになった。
「それはよくないわ」
「ではどうされるのですか?」
「味わうもの」
 沙耶香は言う。闇の中にルビーを滴らせたような声で。
「摘めばそれで終わりだけれど花を味わうのは」
「相変わらずこだわりの強い方です」
「沿うかしら。自分で思ったことはないわ」
 言葉を遊ばせる。楽しみながら心を穏やかにさせていく。
「じゃあね」
「それだけではないですね」
「女の子は最高のキャンバスよ」
「キャンバス」
「そう、この世で最も美しい絵画」
 沙耶香にとっては女を愛することは芸術でもあるのだ。それをわかっているからこそ愛しているのである。無論それだけではない。
「では男の方は?」
「彫刻ね」
 そう例える。
「絵画とはまた違うものよ。けれどまた別の味わい方があるわ」
「女性は誰もが花で」
「男性は華なのよ」
「華、ですか」
「そうよ。けれど今は」
「花が欲しいのですね」
 沙耶香はもう何処かへと向かっていた。速水の言葉を後ろに聞きながら去る。その間際に頷くのを速水は見ていた。だがその場はそれで終わりであった。


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