第壱章
六……天竺葵ノ香漂ウ
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真田幸村と猿飛佐助との出来事も忘れてきた頃。既に時は一ヶ月も経っていた。
城では、女中が慌ただしく廊下を行ったり来たりしている。村正もその音で目を覚ました。空は徐々に綺麗な水色に変わっていく。
村正は人になった時から着ている着物に着替えようと、寝間着を脱いだ。
その時。
「き、きゃっ!?」
「え?」
振り返ると、短い黒髪を後ろで無理矢理結んだ様な髪型のくノ一が後ろを向いていた。
「えっ、き、君は?」
「ご、ごめんなさぁぁい!!」
そのまま去っていってしまった。
村正は急いで着替え、そのくノ一を追った。彼女の生の匂いは覚えている。迷いの含まれた、村正が嫌いな匂い。
女中を避けながら廊下を走る。匂いを追って、転びそうになりながら。
そして、庭へ出た時。
「……これは」
とても綺麗な、笛の音が屋根の上から聞こえた。恐ろしい程凍った匂いを纏って、村正の鼓膜を穏やかに揺らす。
村正は、屋根へと登ってみた。
そこにいたのは、一人の忍。黒の忍装束に、金の装飾が所々についている。
「……貴様は」
「あっ……と、邪魔でしたかね?」
その鋭い視線を向けられ、村正はたじろいだ。決して責められているわけではないのに、責められているような感覚。
「貴様が村正か」
「あ、はい。僕が村正です。妖刀村正です」
「ほう……初芽を探している、か」
「初芽」。
家康からも聞いたのだが、名前の響きからして、女だろうか。徳川の女? 女中か?
そんなことを考えていた時。忍が「初芽」を呼ぶ。すると、なんと先程まで村正が探していた女が現れたではないか。
「何でしょうか、半蔵師しょ……はっ!?」
「あ、あの時の女の子」
彼女は村正を見るなり土下座をする。
「先程は失礼致しました! 貴方様を起こしに参りました所、あの様な……本当に申し訳ありません!!」
「ああいや、大丈夫大丈夫……ははは」
力の抜けた笑いを零しながら、目の前の二人を観察してみた。
彼女――初芽が「半蔵師匠」と 呼んでいた忍。この者は恐らく、服部半蔵。「半蔵」という呼び名から、そしてこの一ヶ月で聞いた様々な話からそう推測した。
初芽に関しては、情報が少ない。家康から「新たな仲間」として名前のみ聞いただけで、くノ一だという事も、先程初めて知った。
「初芽、この方が、家康様が仰っていた村正殿だ」
「へぇ〜、そうだったんですか……宜しくお願いしますね、村正サンっ!」
「うん、こちらからも宜しくお願いするよ。初芽……ちゃん?」
そう言って自分の胸の高さにある初芽の頭を優しく撫で、微笑む村正。
そんな彼へ、半蔵は忠告する。
「村正殿、あまり初芽を甘やかさぬ様頼む」
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