第壱章
参……夜月ノ光返シ
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「部屋と、布団まで……」
自分が優遇されている事に、村正は戸惑っていた。
くせっ毛のある頭をぐしぐしと掻きながら、ふと視界に入った箪笥を開けてみる。すると、中には手鏡が入っていた。
「……僕、こんな顔なんだ」
鏡に映る村正は、紫のくせっ毛頭で瞳は赤く、八重歯がほんの少し口から覗いていた。肌は雪のような白さで、不気味さすら感じられる。
彼はまじまじと鏡の自分を見つめた。目を見開いてみたり、頬を撫でてみたり、前髪を引っ張ってみたり。
……変顔をして一人笑ってみたり。
手鏡を箪笥に仕舞った直後、天井裏の気配に気が付いた。どうやら随分前からいた様だ。
「用事、あるなら隠れるより堂々と現れてほしいんだが? ……猿飛佐助」
ほんの少し驚いた様な顔で降りてきた忍。武田に仕える忍・猿飛佐助だ。
「あらまあ、まさか見つかるなんて思わなかったわ」
「匂いがしたんだよ。君の内で脈打つ、『生』の匂いが、な」
ニタリと笑う村正の右手が、佐助の左頬を撫でた。その赤き瞳の奥に見える妖しげな輝きに、忍の中の忍は身震いする。
「旦那、アンタ何者?」
「僕は村正。妖刀村正って知ってるだろ? それが僕さ」
それより、と一呼吸置いて、また笑う。
「君の血はいい香りがするね……一滴だけでいい、舐めさせてくれ」
その言葉に、佐助はようやく現実に引き戻された。コイツに近づいたらまずい。コイツに近づいたら、コイツに近づいたら……
大きく後退し、距離を置いて手裏剣を構える。
「悪いけど村正の旦那、ここで死んでもらうわ」
そして彼は手裏剣を投げた。はずだった。
手裏剣が手から離れない。いや、手裏剣を握る手が開かない。
「あれあれ? 忍が恐怖にすくんで手裏剣すら投げられなくなったか?」
「っく……何をした!?」
「なーんにも? 君が勝手に怖がっただけじゃないのか」
きょとんとして答える村正に、嘘をついている様子はない。
村正は素早く佐助を壁に押し付けた。そして、まるで幼子の様に微笑む。その微笑みは傍から見れば可愛らしいものであるが、佐助にとっては物の怪の類に思えるものである。
「うーん……何処の血が一番美味しそうかな……やはり、首筋をガブッと……いや、頬も美味しそうだし……うーん……」
佐助は悟った。村正に殺意は無い。ただ、空腹なだけなのだ。恐らく彼にとっては食料は血だけなのだ。だから、この様に……
そう考える内、左頬に柔らかい感触。
ちらと村正を見てこれ以上無いくらい驚いたが、身動きは一切取れない。ただ、村正の喉の音を聞きながら、佐助の意識は薄れていった。
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