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黒魔術師松本沙耶香 妖霧篇
7部分:第七章
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歩いていく。その彼女を娼婦達の香水が覆う。それは彼女が予想していた香りであった。そして部屋でその香りをさらに濃厚に身に纏うのであった。禁じられた背徳の宴を行いながら。
 宴が終わるとホテルを後にした。頽廃の香りをその身体に漂わせながら夜道を歩く。
 やはり霧が深く出ていた。沙耶香はその中を一人歩く。来るであろう者を待ちうけながら。
「ロンドン橋落ちた落ちた落ちた」
(やはり)
 またあの声でマザーグースが聴こえてきた。それを聞いて心の中で身構える。
「ロンドン橋落ちたロンドン橋」
「やっぱりその歌なのね」
 沙耶香は自分の周りに漂う霧に話し掛けるようにして言った。
「予想通りだわ」
「どうやらわかったみたいだね」
 霧はそれを聞くと楽しそうに笑ってこう返した。
「そうさ。僕は香りに合わせて歌を選んでいたんだよ」
「やはりね」
 沙耶香は自分の身体に纏っている香りを楽しみながら応えた。彼女はそこに白薔薇の香りを漂わせていた。それはかって彼女がはじめてあの娼館に入った時に娼婦がつけていた香水の香りであったのだ。そして先程その娼婦と床を共にした。それにより再び身に纏ったのである。濃厚な頽廃と共に。
「白い薔薇の香りに。やはり貴方は薔薇の香りに誘われていたのね」
「その通り」
 霧は楽しげに答えた。
「だって僕は死の霧だから。薔薇が好きなのさ」
「そうね」
 沙耶香はその言葉に頷いた。
「薔薇は死に関係することの多い花だから」
「そうだね」
 霧もその言葉に頷いた。
「かってキリストは死んだ時にその血で赤い薔薇を作った」
「よく知ってるね」
「遅咲きの薔薇は家族の死を意味する。そもそも白薔薇自体が死をイメージするわね」
「そうだね」
「薔薇の王もまた」
 一つの柄に三つの薔薇がついたものである。これを見た者には不幸が訪れるといういわくつきの薔薇である。
「そしてこの国では。薔薇を象徴として戦争が起こった」
 所謂薔薇戦争である。イングランドの王位を巡って赤薔薇を象徴とするランカスター家と白薔薇を象徴とするヨーク家が争ったのである。その結果多くの血が流れている。
「これ以上はないという程死を表わした花ね。外見の華麗さとは裏腹に」
「ご名答」
「つまり薔薇は貴方そのものというわけよ。死神さん」
「死神とは心外だね」
 霧はそれを聞いて悪戯っぽい声で言った。
「僕はあんな偉い存在じゃないから」
「じゃあ何かしら」
「強いて言うなら死神の弟子かな」
「弟子」
「まだ子供だから。僕はほんの霧の化身に過ぎないからね」
「霧の化身」
「イングランドの深い霧の中では多くの人が死んでいったんだ。血を流してね」
 かって夜と共に霧は世界の表の顔を覆い隠す仮面となってきた。そして人々はその中でその邪悪
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