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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇
29部分:第二十九章
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を教えてくれた花よ」
「僕のことを?」
「そうよ」
 百合を手許にかざしたまま述べるのだった。
「スタジアムでのことは覚えているかしら」
「勿論だよ」
 道化師はこの期に及んでも誇りを失ってはいなかった。それは彼の性格故であろうか。
「そこにあるけれど。その時のコレクションがね」
「そう」
 沙耶香はそれは見ようとしなかった。声で応えるだけであった。
「見ないんだ」
「別に。興味はないから」
「残念だね。折角見せてあげる為に出したのに」
「悪いけれど。遠慮させてもらうわ」
 そう道化師に告げる。
「それでスタジアムのことだけれど」
「それは話したじゃない」
「違うわ。その時のことを調べさせてもらったのよ」
 既に道化師の身体のあちこちが黒い炎に包まれだしていた。彼はその中で燃えてそのまま消えようとしていた。だが彼はそれでも平気な様子であった。
「この黒百合で過去を見たのよ」
「時間を知る魔力なんだね」
「ええ」
 黒百合を口の前にしたままでまた答えてみせる。
「そうよ。それで貴方のことは全てわかっていたのよ」
「ああ。だからなんだね」
 道化師はそれを利いてわかった。
「僕のことが全部わかっていたから。だから」
「敵を知る前に、よ」
 沙耶香は告げた。
「そうでなかったら。私は貴方に勝てはしなかったでしょうね」
「別に勝たなくてもよかったのに」
 負け惜しみの言葉である筈だがそうではなかった。何故なら道化師は今出したこの言葉にさえも笑みを含ませていたからである。
「もっとコレクションが欲しかったから」
「それも終わりね。悪いけれど」
「仕方ないね」
 それで終わりであった。
「僕の過去のことから僕を全部知っていたなんて」
「貴方がこれから狙う相手も。その戦い方も」
「わかっていたんだ。何でもわかるなんて凄いよ」
「そうよ。私は凄いのよ」
 目が細まる。絶対の自信に満ちた笑みを浮かべたのだ。
「この世で最も美しく。そして」
「そして?」
「偉大な黒魔術師なのよ。その私に出会えたことを感謝しなさい」
「そうかもね」 
 道化師は沙耶香の今の言葉に頷いた。自然な感情で。
「じゃあ。最後にそれを覚えておいて」
「行くのね」
「うん。じゃあこれで」
 道化師の服が黒い炎に完全に包まれた。そうしてそれは瞬く間に消えてしまった。

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