参ノ巻
抹の恋?
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決して居心地の悪い時間ではなかった。
眩しいほどの月明かりが闇を割って、部屋の内に障子の影を繊細な線で編み上げる。
そして桜が一握り舞い降りるほどの時間口を噤んでいた抹は、まるでその無言の時間が無かったかのようにごく自然に音を紡ぐ。
「私、ここに来られて、来ると決めて、本当に良かった」
その声はとてもはっきりと聞こえた。抹は心の底から楽しそうにふふと笑う。
「尼君様と、庵儒様がいらっしゃいましたものね。お二人とも、とても、お楽しそう。私、他のどこでもない、お二人のいる、石山寺に来られて、良かった。本当に、良かった。私は誰かとこうして共に眠ることも、一緒に桜を見ることも、言葉を交わして、泣いて、怒って、そして笑うことも、したことがなかったのです。狭い部屋一つがわたしの世界で、外の世界には私のことを思ってくれるような人は誰もいなかった」
抹・・・。
「母が亡くなったのです」
抹は静かに言った。
「子供にとって、いい母ではなかったのでしょう。会ったことも、片手で収まるほどしかありませんでした。それでも、私は全てのことがどうでも良くなって、生まれて初めて家を出ました。もう私が生きる道は落飾しかないと思い、この石山寺に来て・・・尼君様にお会いしました。ふふ、おかしい。私、今生きたいと思っているのです。ずっと、厄介者だと言われ続けてきた私が。早くこの現世から去ることだけが親孝行だと思ってきた私が」
「抹・・・」
思わずあたしは声を出していた。
「あたし、抹が好きよ。大好き」
いつもだったら真っ赤になって気を失う抹は、こちらを向き、やけに大人びたような顔で笑った。そして静かな声で言った。
「私、戻ります。家に」
「えっ・・・」
「尼君様、庵儒様、私、決してお二人のこと忘れません。ここで、私は一人の人間として生きていると、これから先も生きていこうと思えた、そのこと、私、絶対に忘れない。何があっても、私は逃げないと思えました。ありがとうございました」
「抹!」
あたしは叫んだ。ちょっと涙声になっていたかもしれない。
「あんたねぇ!何一人で完結してんのよ!なぁにその、今生の別れみたいな言葉。…違うでしょ?悪いけど、あたし、これから先、頼まれたって縁なんて切ってやらないわよ!いつだって、どこにいたって、あんたが嫌がったって、あたしはいつでもあんたのとこに傍若無人に押しかけて、庵儒も引っ張ってきて、またおべんと作るわよ!それで来年でも、再来年でも、またいつか、この桜道を三人で歩いて、わいわい騒
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