1部分:第一章
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持ちだけで嬉しかった。病を得てから一人寂しくここで伏せるだけの日々を送る彼女にとって忠行のこうした来訪と言葉は何よりも有り難かったのである。その有り難さを忘れたことはなかった。
「藤崎様」
ここで女中が障子を開いて中に入って来た。
「何か」
「軍の方が御呼びです」
「軍から」
「はい。何やら急の用事らしいですが。至急お戻り下さいとのことです」
「わかった、すぐに戻ろう」
彼はそう言うと女中を下がらせた。そして潤子に顔を戻した。
「潤子さん」
「はい」
「また来ます。それまでお元気で」
「ええ」
忠行はその部屋から去った。潤子はまた一人になった。
いなくなると急に寂しさが募る。それに耐えかねたのか障子の向こうに控える女中に尋ねた。
「ねえ」
「はい」
「今外はどうなっているのかしら」
「御国のことでしょうか」
「ええ」
潤子は頷いた。
「戦争はどうなっているのかしら」
「夏にサイパンが陥ちましたね」
「ええ」
夏のことであった。それで日本にも爆撃機が来るようになった。この舞鶴も夜は暗くなった。空襲はないようだがそれで暗くなった。
「それから皆さんお忙しいようですけれど」
「忠行様も」
「ええ。ですからお戻りになられたのだと思います」
「でしょうね。こんなご時勢ですもの。軍人さんは大変ね」
力ない声でそう言った。
「忠行様も。本当に」
「お嬢様」
「御免なさいね、こんな話をして」
「いえ、いいです」
女中は優しい声でそれに返した。
「一番お辛いのはお嬢様ですから」
「私は別に」
彼女はそれを否定しようとした。だが女中はそれより前に言った。
「もうすぐ夜になります。お休みになられてはどうでしょうか」
「もう」
「はい、今日は寒うございますから」
「そうね」
障子の向こうに見える雪の数が次第に増えていく。そしてそれは辺りを覆わんばかりであった。
「けれど少し待ってくれるかしら」
「何故でしょうか」
「今はね。もう少し味わっていたいの。忠行様と御会いできた喜びを」
「喜びを、ですか」
「ええ。久しぶりに御会いできたのだし」
「お嬢様」
「だからね。もう少しだけ。いいかしら」
「わかりました。それでは」
「有り難う」
女中は障子の向こうから姿を消した。見える影はただ雪のそれだけとなった。
潤子はそれをただ眺めていた。そしてそこに忠行のことを重ねて考えに耽っていた。
雪はそんな潤子の想いなぞ知る由もなく降っていた。彼女はそれを見ながら忠行のことを想っていた。暫くして女中が戻ってきた。
「お嬢様、もう」
「わかったわ」
今度は素直に頷いた。そして床の中に横たわった。
「お休みなさい」
「はい」
こうして彼女は眠りに入った。こ
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