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逆さの砂時計
クロスツェル
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けていく背中を見つめながら。
 クロスツェルは、ぎりっと奥歯を食い縛った。

 彼女は女神アリアが人の世に遣わした聖女。
 自分は女神アリアに仕える聖職者。
 数歩離れた、この距離が正しい。
 これ以上は立ち入るべきではない。

 自らで強く引いていた境界線は、その日。
 礼拝堂に入ったロザリアによって、粉々に砕かれた。



「……ウェーリ!?」

 礼拝堂の入口で目を瞬かせたロザリアが。
 祭壇を見上げて立っていたその男に向かって、突然走り出した。
 男も驚いた様子で振り返り、嬉しそうに笑う彼女を見返す。

「チビ!? いきなりいなくなったと思ったら、こんな所で何してんだよ!」

 親しげな手つきでロザリアの髪をくしゃくしゃと撫でた男は。
 褐色の肌に銀色の短い髪がよく似合う、二十代前半の好青年だった。
 髪と同じ銀色の目が、ロザリアを柔らかく見つめる。

「あ、うん。まあ、いろいろあったからさ。今はロザリアって名前なんだ。ウェーリこそ、教会なんかに何の用だよ? 下町の荒くれ王子が」
「その呼び方やめれ! 俺、仕事が決まってさ。うまくいくようにって……願掛け? みたいなもんだな」
「へーっ! 良かったじゃん」

 おめでとうと、男を祝福するロザリアの笑顔が眩しくて。
 それを向けられた男が憎くて。
 クロスツェルが理性を保って聴き取れた会話はそこまでだった。
 説教の時間が過ぎても、二人は昔話に花を咲かせていた。

 いつも通りに勤めを果たした後。
 クロスツェルは、まだ明るいうちに噴水へと飛び込んで、膝を落とした。

「罰をお与えください、アリアよ! 汚れた私にどうか罰を! アリア!」

 自分が知らないロザリアを知る、あの男が憎い。
 ロザリアに無邪気な笑顔を向けられた、あの男が憎い。
 ロザリアに触れるな。
 ロザリアに語りかけるな……!
 ロザリアは、私の……っ!

『苦しいか、クロスツェル』

 地の底から響く声。
 クロスツェルは一瞬驚き……水面に映るもう一人の自分と目が合った。

 彼は、笑っている。
 自分を憐れむように。
 自分を皮肉っているかのように。
 目元と口元を嫌みに歪めて。
 自分を嘲笑っている。

『逃れたいか、その苦しみから』

 それがなんなのかは解らない。
 解らないが、クロスツェルは答えた。

「私は……ロザリアを……」

『そう、お前はロザリアを』


「……アイ シ テ、ル……」


 ぱりん……っ と。
 クロスツェルの頭の奥で、何かがひび割れた。
 そして、水面に映っているもう一人の自分が愉快そうに高笑いを始める。

『その悩み、俺が引き受けてやろう。契約の対価に、
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